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2016.2.29
毎日通る散歩道にある桃の木が、ふっくらと蕾をふくらませていた。
もう数日も立てば、きっとほろりと咲くのだろう。
そんな木々を眺めながら、すっかり春だなあ、お昼寝でもしようかなあ、なんて、わくわくしていたのに。
窓の外では、ちらちら、と粉雪が舞う。
突然の大寒波の影響らしい。
どうやら春が来るのはもうちょっと先だそう。残念だ。
せめてもの気分を、と桃の花びらをかたどった、お気に入りの簪で髪を結う。
去年の誕生日に、おさななじみのレッドくんとグリーンくんからプレゼントしてもらったものだ。
せっかくなので、ネックレス、ピアス、ブレスレットも身につける。
るん、と気分があがった。
「そういえば、毎年いろんなことしてもらってるなあ…」
昨日のことのように思い出す楽しい誕生日の思い出に、自然と言葉が漏れる。
やさしい大好きなおさななじみ2人に、今年はなにかお返ししてあげられないだろうか。
「…よし!」
たいせつなおさななじみ2人に感謝の気持ちを込めて。
エプロンを手にとると、わたしは台所へ向かった。
※
「できた…!」
ふわふわのシフォンに、たっぷりの生クリームとチーゴの実を乗せる。
いつもありがとうの気持ちを込めてつくったケーキ。
よろこんでくれるだろうか。
BOXに詰めて、リボンをつければ、我ながらなかなか上手にラッピングできた。
さて。
問題は、いつどのタイミングでプレゼントするかだ。
ふたりには今日の夜空けててと言われているし、やっぱりその時かなぁ。
でも、どこかのお店のケーキを用意してくれていたら、さすがに、自信作とはいえわたしのケーキはとなりに並べられない…。
やっぱりいますぐだろうか。
ぐぬぬ、と頭を悩ませる。
こんなとき、レッドくんだったらすぐに素敵なアイデアを思い浮かべて、グリーンくんが形にしてくれるのだけれど。
ぽっぽー、ぽっぽー
ポッポ時計が14時を知らせる。
ああ、そっか。
別に食後にこだわらなくても、3時のティータイムがあるじゃないか。
ポケギアを取り出して、グリーンくんの名前を探す。
きっとこの時間はレッドくんは寝ているはずだから、グリーンくんに連れて来てもらおう。
※
「どうした?」
ポケギアで電話をかければ、すぐにグリーンくんがレッドくんを引き連れて家まで来てくれた。
「とにかく何も聞かずに家に来て!って…。どうせ夜会うだろ、なんか急用か?」
「うん!」
にへっ、と笑えば、グリーンくんが呆れたような困ったような、いつもの笑みを浮かべる。
小さなため息は、きっと長い付き合いのたまものだろう。
なんにせよ、「しょうがねえな」といって付き合ってくれるのだ。
「いい匂いがする」
「起きたかレッド」
「えへへ、いらっしゃい、レッドくん!」
コッチだよ、とふたりをリビングへ誘導する。
こないだナナミさんから分けてもらった、イッシュ産の紅茶でおもてなし。
「わ、すげーいい香り」
「ナナミさんにもらったんだよ」
「まじかよ、姉ちゃんオレにはこんなの飲ませてくれたことない…」
「グリーンの貢が足りないんじゃない?」
「え、オレ弟なのに貢がないと紅茶ももらえねーの?」
ふたりの漫談のような会話が心地良い。
しあわせだ…、あっと、いけない。
今日はわたしが恩返しをするために呼び出したんだった。
ひたっている場合じゃないや。
「どうしたナナシ…?」
呼びかけるグリーンくんの声を背に、あわててぱたぱたとキッチンへ戻る。
そろりとケーキの箱を取り出して、リビングへ。
よくポケモン用のお菓子は作るけれど、ふたりに作るのは久しぶりだな、喜んでくれるかな、味は大丈夫かな…!
ドキドキしながら、ゆっくり確実に歩をすすめていた、はずだった。
「わっ!」
こういう時に限って、いつも失敗してしまうのは、もはや習慣なのかもしれない。
ドアの小さな段差にひっかかって、重心がくずれる。
手からケーキの箱が離れていく、あ、だめ…!
「ナナシ!!」
「あぶない!」
グリーンくんとレッドくんの声がしたと思えば、身体がぐっと支えられた。
「あ、れ…?」
「…ふぅ、あぶねー。お前本当によく転ぶな、趣味かよ」
「大丈夫?」
ぐしゃりという音はしなかった。
グリーンくんとレッドくんがとっさに支えてくれたみたいだ。
レッドくんの腕の中にはケーキの箱。
ほっと安堵のため息がでる。
「ありがとう…」
「どういたしまして。…んで、この箱は?」
グリーンくんがレッドくんの持ってる箱を指差す。
本当はふたりの前で箱をひらいて、じゃじゃーん!と格好つけたかったんだけれどなあ。
「あ、うん。…ヘヘ、いつもふたりに助けてもらってるからね、感謝のきもち!」
「開けていい?」
「もちろんだよ!」
レッドくんがそのまま箱をテーブルへ置いて、リボンをほどく。
「あ…」
中のケーキは、残念ながら無事ではなかった。
いっかい宙にいってしまったそれは、遠心力にしたがって左側へと寄せられていた。
うぬぬ、綺麗に出来ていたのになあ。
「ごめん、わたしが、こけちゃったから…」
なんだかいたたまれなくなって、片付けようと手を伸ばす。
「うん、美味しい」
「へ、あ、れ、レッドくん…!」
するとそれよりもはやく、レッドくんが手づかみでケーキを口へと運んだ。
「形はさっきので崩れちゃったけど、でも、ナナシの作ってくれたケーキ、美味しい」
「ホントだ、うめえじゃん」
唖然としていれば、グリーンくんまでそれに続いて、手でケーキを食べだした。
ふたりの優しさに、胸が熱くなる。
「…ありがとう!」
なんて、わたしはしあわせなんだろう。
思わずこぼれた笑顔。
つられて、グリーンくんとレッドくんも嬉しそうにわらった。
「ほら、ナナシも食おうぜ」
「だめ、ちゃんとお皿にとって、フォークで食べて」
「このままでいい」
「もう、レッドくんクリームまみれ!」
へへへ、と笑い声が響く。
たのしい、しあわせ、だいすき。
お礼のつもりだったのになあ、結局わたしがいちばん笑顔だ。
ほんとう、ふたりにはかなわない。
※
「あー、おなかいっぱい!」
「これ夕飯入んねえぞ、どうすっかなあ」
「まだ4時だし、なんとかなるでしょ」
「ナナミさんが作ってくれるんでしょ、へへへ、たのしみだなあ」
「くいしんぼう」
「ナナミさんのごはんは別腹なの!」
結局ナナシがいちばん食ってたよな、だのからかわれる。
そうかな、そんなことないはずだけどな。
でもお腹いっぱいだし、否定もできない。
「…そういや、ナナシ」
「んー?なあに?」
「それ、いつも使ってくれてありがとうな」
視線の先にはアクセサリー。
ネックレスにブレスレット、ピアス、かんざし。
ふたりからもらった宝物だ。
「やっぱ似合う」
「うん、ナナシきれいだ」
「え、わ、ありがとうっ」
はずかしいな。
でも、すごく嬉しい。
「予定より早いけどいっか」
「だな」
「ナナシ、そこ座って」
レッドくんに椅子へと誘導される。
ごそごそとグリーンくんがポケットから箱を取り出した。
「お前の誕生日、4年に1回しかないけど、ちゃんと刻んでるぜっていうのと…」
「いつもありがとう、いつもそばにいるよって気持ちも込めてる」
「「ハッピーバースデイ、ナナシ」」
思わず立ち上がってふたりを抱きしめる。
ふたりともぎゅっと抱きしめ返してくれた。
ありがとう、いつも、ずっと、一緒にいてくれてありがとう。
グリーンくんが箱を開けてくれる。
キラキラと光るピンクパールの色をした腕時計。
高かっただろうに。
レッドくんが優しくわたしの左腕につけてくれた。ブレスレットの上で、それはそっと輝く。
耳元へ寄せれば、カチリ、カチリと時間を刻む音が心地いい。
窓の外では相変わらず、季節外れの粉雪がちらちらと舞う。
朝起きたときには冬の再来をがっかりしたというのに、いまはそれが綺麗で、綺麗で、わたしのこころも粉雪のようにちらりちらりと舞い踊っていた。
次の4年も、きっと、わたしはふたりからしあわせをもらうんだろう。
Happy Birthday
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サイト設立4周年記念に書いたものです。
【2016.2.29★Re:管理人 美月】
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