みじかいの | ナノ

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2016.2.29


毎日通る散歩道にある桃の木が、ふっくらと蕾をふくらませていた。
もう数日も立てば、きっとほろりと咲くのだろう。
そんな木々を眺めながら、すっかり春だなあ、お昼寝でもしようかなあ、なんて、わくわくしていたのに。

窓の外では、ちらちら、と粉雪が舞う。
突然の大寒波の影響らしい。
どうやら春が来るのはもうちょっと先だそう。残念だ。

せめてもの気分を、と桃の花びらをかたどった、お気に入りの簪で髪を結う。
去年の誕生日に、おさななじみのレッドくんとグリーンくんからプレゼントしてもらったものだ。
せっかくなので、ネックレス、ピアス、ブレスレットも身につける。
るん、と気分があがった。

「そういえば、毎年いろんなことしてもらってるなあ…」

昨日のことのように思い出す楽しい誕生日の思い出に、自然と言葉が漏れる。
やさしい大好きなおさななじみ2人に、今年はなにかお返ししてあげられないだろうか。

「…よし!」

たいせつなおさななじみ2人に感謝の気持ちを込めて。
エプロンを手にとると、わたしは台所へ向かった。



「できた…!」

ふわふわのシフォンに、たっぷりの生クリームとチーゴの実を乗せる。
いつもありがとうの気持ちを込めてつくったケーキ。
よろこんでくれるだろうか。
BOXに詰めて、リボンをつければ、我ながらなかなか上手にラッピングできた。

さて。
問題は、いつどのタイミングでプレゼントするかだ。
ふたりには今日の夜空けててと言われているし、やっぱりその時かなぁ。
でも、どこかのお店のケーキを用意してくれていたら、さすがに、自信作とはいえわたしのケーキはとなりに並べられない…。
やっぱりいますぐだろうか。

ぐぬぬ、と頭を悩ませる。
こんなとき、レッドくんだったらすぐに素敵なアイデアを思い浮かべて、グリーンくんが形にしてくれるのだけれど。

ぽっぽー、ぽっぽー

ポッポ時計が14時を知らせる。
ああ、そっか。
別に食後にこだわらなくても、3時のティータイムがあるじゃないか。
ポケギアを取り出して、グリーンくんの名前を探す。
きっとこの時間はレッドくんは寝ているはずだから、グリーンくんに連れて来てもらおう。



「どうした?」

ポケギアで電話をかければ、すぐにグリーンくんがレッドくんを引き連れて家まで来てくれた。

「とにかく何も聞かずに家に来て!って…。どうせ夜会うだろ、なんか急用か?」
「うん!」

にへっ、と笑えば、グリーンくんが呆れたような困ったような、いつもの笑みを浮かべる。
小さなため息は、きっと長い付き合いのたまものだろう。
なんにせよ、「しょうがねえな」といって付き合ってくれるのだ。

「いい匂いがする」
「起きたかレッド」
「えへへ、いらっしゃい、レッドくん!」

コッチだよ、とふたりをリビングへ誘導する。
こないだナナミさんから分けてもらった、イッシュ産の紅茶でおもてなし。

「わ、すげーいい香り」
「ナナミさんにもらったんだよ」
「まじかよ、姉ちゃんオレにはこんなの飲ませてくれたことない…」
「グリーンの貢が足りないんじゃない?」
「え、オレ弟なのに貢がないと紅茶ももらえねーの?」

ふたりの漫談のような会話が心地良い。
しあわせだ…、あっと、いけない。
今日はわたしが恩返しをするために呼び出したんだった。
ひたっている場合じゃないや。

「どうしたナナシ…?」

呼びかけるグリーンくんの声を背に、あわててぱたぱたとキッチンへ戻る。
そろりとケーキの箱を取り出して、リビングへ。
よくポケモン用のお菓子は作るけれど、ふたりに作るのは久しぶりだな、喜んでくれるかな、味は大丈夫かな…!
ドキドキしながら、ゆっくり確実に歩をすすめていた、はずだった。

「わっ!」

こういう時に限って、いつも失敗してしまうのは、もはや習慣なのかもしれない。
ドアの小さな段差にひっかかって、重心がくずれる。
手からケーキの箱が離れていく、あ、だめ…!

「ナナシ!!」
「あぶない!」

グリーンくんとレッドくんの声がしたと思えば、身体がぐっと支えられた。

「あ、れ…?」
「…ふぅ、あぶねー。お前本当によく転ぶな、趣味かよ」
「大丈夫?」

ぐしゃりという音はしなかった。
グリーンくんとレッドくんがとっさに支えてくれたみたいだ。
レッドくんの腕の中にはケーキの箱。
ほっと安堵のため息がでる。

「ありがとう…」
「どういたしまして。…んで、この箱は?」

グリーンくんがレッドくんの持ってる箱を指差す。
本当はふたりの前で箱をひらいて、じゃじゃーん!と格好つけたかったんだけれどなあ。

「あ、うん。…ヘヘ、いつもふたりに助けてもらってるからね、感謝のきもち!」
「開けていい?」
「もちろんだよ!」

レッドくんがそのまま箱をテーブルへ置いて、リボンをほどく。

「あ…」

中のケーキは、残念ながら無事ではなかった。
いっかい宙にいってしまったそれは、遠心力にしたがって左側へと寄せられていた。
うぬぬ、綺麗に出来ていたのになあ。

「ごめん、わたしが、こけちゃったから…」

なんだかいたたまれなくなって、片付けようと手を伸ばす。

「うん、美味しい」
「へ、あ、れ、レッドくん…!」

するとそれよりもはやく、レッドくんが手づかみでケーキを口へと運んだ。

「形はさっきので崩れちゃったけど、でも、ナナシの作ってくれたケーキ、美味しい」
「ホントだ、うめえじゃん」

唖然としていれば、グリーンくんまでそれに続いて、手でケーキを食べだした。
ふたりの優しさに、胸が熱くなる。

「…ありがとう!」

なんて、わたしはしあわせなんだろう。
思わずこぼれた笑顔。
つられて、グリーンくんとレッドくんも嬉しそうにわらった。

「ほら、ナナシも食おうぜ」
「だめ、ちゃんとお皿にとって、フォークで食べて」
「このままでいい」
「もう、レッドくんクリームまみれ!」

へへへ、と笑い声が響く。
たのしい、しあわせ、だいすき。
お礼のつもりだったのになあ、結局わたしがいちばん笑顔だ。
ほんとう、ふたりにはかなわない。



「あー、おなかいっぱい!」
「これ夕飯入んねえぞ、どうすっかなあ」
「まだ4時だし、なんとかなるでしょ」
「ナナミさんが作ってくれるんでしょ、へへへ、たのしみだなあ」
「くいしんぼう」
「ナナミさんのごはんは別腹なの!」

結局ナナシがいちばん食ってたよな、だのからかわれる。
そうかな、そんなことないはずだけどな。
でもお腹いっぱいだし、否定もできない。

「…そういや、ナナシ」
「んー?なあに?」
「それ、いつも使ってくれてありがとうな」

視線の先にはアクセサリー。
ネックレスにブレスレット、ピアス、かんざし。
ふたりからもらった宝物だ。

「やっぱ似合う」
「うん、ナナシきれいだ」
「え、わ、ありがとうっ」

はずかしいな。
でも、すごく嬉しい。

「予定より早いけどいっか」
「だな」
「ナナシ、そこ座って」

レッドくんに椅子へと誘導される。
ごそごそとグリーンくんがポケットから箱を取り出した。

「お前の誕生日、4年に1回しかないけど、ちゃんと刻んでるぜっていうのと…」
「いつもありがとう、いつもそばにいるよって気持ちも込めてる」

「「ハッピーバースデイ、ナナシ」」

思わず立ち上がってふたりを抱きしめる。
ふたりともぎゅっと抱きしめ返してくれた。
ありがとう、いつも、ずっと、一緒にいてくれてありがとう。

グリーンくんが箱を開けてくれる。
キラキラと光るピンクパールの色をした腕時計。
高かっただろうに。
レッドくんが優しくわたしの左腕につけてくれた。ブレスレットの上で、それはそっと輝く。
耳元へ寄せれば、カチリ、カチリと時間を刻む音が心地いい。
窓の外では相変わらず、季節外れの粉雪がちらちらと舞う。
朝起きたときには冬の再来をがっかりしたというのに、いまはそれが綺麗で、綺麗で、わたしのこころも粉雪のようにちらりちらりと舞い踊っていた。
次の4年も、きっと、わたしはふたりからしあわせをもらうんだろう。

Happy Birthday

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サイト設立4周年記念に書いたものです。
【2016.2.29★Re:管理人 美月】

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