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レッドさんなら仕方ない
レッドさんは、ずるい。
「もう、明日にはイッシュに行っちゃうんですね」
無造作に机の上に置かれたイッシュ行きのチケット。それを手に取りながらわたしはポツリと呟いた。でも、そんなわたしの呟きなんて気にも留めず、レッドさんは黙々とに荷造りを進めている。
明日からレッドさんはイッシュ地方に旅に出る。最短でも1年くらいは戻ってこないらしい。
もちろん、それは遠距離恋愛になることを示唆しているわけで。
「(なんでイッシュなんだろう…。)」
ジョウトやホウエン、シンオウだったらお仕事が休みの旅に彼の元へ会いに行くことだって出来る。
…でも、さすがに海外は無理だ。渡航費用だってバカにならないし、何より彼の旅の邪魔をしたくない。気軽に1日だけ会ってください、が出来る場所じゃないのだ。
それに。
わたしとレッドさんはいままで1度も繋がったことが無い。キスとかならもちろんあるけど、大切にしてくれてるのか、手を出してくれたことは1度もなかった。
レッドさんがストイックなだけかもしれない、もしかしたらわたしを女として見てくれていない可能性だってある。
年下だし、妹的な感覚なのかもしれない。
でもそのどちらかなのか、それ以外の理由なのかは分からないけれど、自分から誘って断られたら正直わたしはこれから生きていけない気がして、月日は経ち今日に至る。
レッドさんにとって、わたしってなんなんだろう。
「……あ」
「??…どうかしたんですか、レッドさん」
「いや、コレ…」
「ん??」
急に手を止めたレッドさん。彼の手にあるのは、1枚の写真だった。映っているのは、レッドさんグリーンさんヒビキくん、そしてわたし。レッドさんが下山した記念に行ったボウリング会場で撮ったものだ。懐かしい。
満面の笑みを浮かべるわたしたちは、実にしあわせそうである。
「この時ナナシ、スコアが70とかだったよね」
「う…。しょ、しょうがないじゃないですか!得意じゃないんですっ!」
「投げ方、すごく個性的で面白かった」
「なんでそんなこと覚えてるんですか!忘れてください!」
顔を真っ赤にして怒るわたしを見て、レッドさんがクスリと笑う。レッドさんてば、いつも飄々としているのにこういうことばっかり覚えてるんだから!お願いだから忘れてほしい。
「そういえば、その帰りにとったヒメグマのぬいぐるみどうしたっけ?」
「あ、それならわたしの部屋に飾ってありますよ」
「そっか。ナナシ、すごく欲しがってたよね」
「はい!とっても大事にしてます!」
レッドさんがボウリングの帰りにゲームコーナーでとってくれたぬいぐるみ。店員さんに頼んで取りやすくしてもらったというのは、内緒のはなしだ。そのヒメグマのぬいぐるみは、いまではわたしの大切な宝物。赤いリボンをつけて、ベットのよこのスペースに飾ってある。
作業の手をとめて、写真に見入るわたしたち。「懐かしいですね」なんてニコニコと笑っていると、急に視界が真っ暗になった。
「……ナナシ」
「っ!?」
レッドさんがわたしの体を抱きすくめたのだ。えっ、え…?突然のことに思考が止まる。
「レ、レッドさん…!?」
しかしそんな困惑するわたしを無視して、レッドさんがさらに力を込めてくる。ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられて、少し苦しい。
「ナナシ」
「は、はい…」
身動きが取れないまま、耳もとに名前を囁かれた。かかる息が熱い。緊張で体温がぐんぐんとあがっていくのがわかる。
「…寂しい」
そういって、彼の唇がゆっくりとわたしのソレに重ねられた。ふわりと彼の香がわたしの鼻腔を刺激する。あまい、甘い、恋の匂いだ。
わたしは彼のこの香に、何度酔ったんだろう。脳に直接響くそれに、くらくらする。
心臓がおかしくなっちゃったんじゃないかというくらいに激しく脈打っていた。きゅう、と胸が苦しくなって、でもしあわせという気持ちが溢れて…。
そっと気遣うようにやさしく、レッドさんの舌がわたしの口内を侵す。
息をするのも忘れて、わたしたちはお互いを求めあった。
こんなキス、はじめてだった。
「ナナシ、…いい?」
くちびるが離れて深く息を吸うわたしに、切羽詰まった顔をしたレッドさんがそう尋ねる。
紅潮した頬、わたしの唾液で光る彼のくちびる、切なそうな声と表情。その全てが、愛おしかった。
彼が欲しい、脳が、そう叫んでいた。
こくん、とゆっくり頷いたわたしを、レッドがもう1度力強く、でも今までで1番優しく抱きしめる。
「ナナシ、愛してる」
あぁ、やっぱり。
レッドさんは、ずるい。
この人はわたしを置いて遠くに行ってしまうというのに。
わたしよりも自分のやりたいことを優先するというのに。
いままで1度もこんなことしてくれなかったというのに。
一緒にいれる時間なんてあと数時間しかないというのに。
でも、それでも…
レッドさんなら仕方ない
それほどまでに、彼は魅力的なのだ。
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