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それは甘いチョコレート


「……はよ」
「…あ、グリーン。おはよ」
「何やってんだよ」
「んー…?あ、チョコ。チョコ作ってるの」
「チョコ…?」
「うん、今日バレンタインでしょ?レッドに渡すんだーっ♪」

朝起きたら、なぜか幼馴染のナナシが台所でなにやら鍋と格闘していた。よほど真剣に取り組んでいるのか返事も遅いし、コチラを見ようともしない。…っていうか、

「なんでオレん家で作ってんだよ」
「だってわたしの家のキッチン、レッドの部屋からちょうど見えちゃうんだもん。こういうのって、わかってたらつまんないでしょ?」
「ふーん」
「……あ、ブクブクしてきた。えーっと…、ねえグリーン!このキッチン温度調整どうやってするの?」
「………」
「…グリーン?」
「…はぁ。横の黄色いボタン押したら温度キープできるぜ」
「あ、コレかな?ありがとー」

ゴムベラで湯煎しているチョコを溶かすナナシ。やっぱり、コチラを見ようともしない。
面白くない。なんでレッドなんだよ。オレには見られていいのかよ。去年まではオレにもくれてたじゃねーか。面白くない。

「つーかお前の手作りチョコとか食ったら、レッド腹壊すんじゃねーの?」
「むぅ、壊さないよ!ちゃんとレシピ通りに作ってるし!材料全部昨日買ってきたやつだもん!」

あ、コッチ向いた。なんだよ怒ったような顔しやがって。機嫌悪ぃのはコッチだっつーの。

「どーだかな!だいたい何作ってんだよ。調子乗ってあんま難しいのに挑戦したら、失敗するぜ?お前不器用なんだし」
「生チョコタルトだよ!もう1番難しい生地は焼き終わったし!てかグリーン邪魔なんだけど!」
「オレは朝飯食うために台所空くの待ってるだけですぅー!生地見せてみろよ!ちゃんと出来てるか俺様が品定めしてやるよ!」
「別に見なくていい!朝食なら冷蔵庫に入ってるってナナミさん言ってたよ、……あ!そっち開けちゃダメ!」

ナナシをからかってみるも何故かいつものようにスッキリしないので、とりあえず朝飯食うかと、言われたとおり冷蔵庫の漁っていたら、ナナシが慌ててオレの隣に来る。おい、鍋大丈夫なのかよ。

「は?」
「いいからどいて!」
「やだね!なんだよ、何隠してんだよ!」

焦るナナシが面白くて、冷蔵庫の中に視線を戻す。そこにはラップをかけられた10cm程度のタルト生地が7個、並べられていた。よく目にする丸型のそれの中に、1つだけハート型をしたものに目がいく。瞬時に、あぁレッドのか、と頭が働いた。からかってやろうと思ったけど、喉まできた言葉はなぜか声にならずに霧散した。
なぜか急に喉がカラカラに乾いてしまった。

「…ハートの、本命の人にだけあげるの。レッドにはナイショにしてね」

ナナシはそれだけ呟いて、鍋の方に戻っていった。よく小説で「胃が鉛のようにズシンと重くなった」なんて目にするけどまさにそれだった。比喩ではなく、現実的にそんな感じがした。

さっきまで腹が減ってたのが嘘のように食欲が無くなって、オレは黙って台所を離れた。レッドの部屋が見える自室に戻る気にもなれず、ガーディをボールから出して散歩に行くことにした。




しばらく外を歩いていたらだいぶ気分がスッキリしてきた。でも、まだ食欲はわかない。胃がムカムカして、胸のあたりがモヤモヤする、気持ち悪い。これは何度か感じたことがあって、それはいつも決まってレッドとナナシが仲良さそうに2人でいるときだった。だから原因はなんとなくわかってたけど、認めるのが嫌で、朝飯を食わなかったせいにした。

「グリーン!やっと見つけた!!」
「…ナナシ」
「いつの間にかいなくなってるんだもん、ビックリしちゃった」
「………」
「…グリーン?なんか機嫌悪い?」
「別に、何か用かよ」

手に1つだけラッピングされた箱を持つナナシ。きっと残りはじーさんとかマサキだとか、レッド、…とかに配った後なんだろう。あぁ、やっぱり面白くない。去年まではこんなこと思わなかったのに。綺麗にラッピングされたその中身をもう知ってしまったから、なんだろうか。

「はいっ、グリーンの!」
「…いらねえ」
「…え?」

丸型のなんて、その他大勢と一緒なんて、レッドの方が特別なんて、嫌だった。負けたくなかった。その思いがつい口をついて出た。
こんなことは言うつもりなかったのだが、出てしまった言葉は取り消せない。みるみる内に目に涙を溜めるナナシをみて、焦った。と同時に、レッドに慰めてもらえばいいだろ、なんて冷静に罵る自分がいた。

「あの、でもコレ…」
「あー、いや…。うん」
だけど、溜まった涙を零さないように笑いながら眉尻を下げる幼馴染に、これ以上冷たい態度を取ることは出来なかった。癖なのか、それとも。
おずおずと差し出された箱を受け取る。

「…サンキュ」
「…うん」
「………」
「………」

ここまで気まずいのは、罰ゲームでレッドとポッキーゲームやらされた時以来だ。いつもはなんとも思わない沈黙が、今日に限って辛い。
ガーディお前いつもはキャンキャン吠えるくせに、なんで今に限ってなんも言わねえんだよ。そんな空気の読み方いらねえんだよ。あーもう、なんでもいいからこの沈黙破ってくれ!

(…ぐー!)
「!?」
「あ…っ」

慌てて自分の腹を抑える。顔だけじゃなく耳まで赤くなるのを感じた。聞かれた、なんだってこんなタイミングで!

「朝飯!」
「え…」
「朝飯食ってないから、それでっ…!」
「あ、うん。そ、そうだよね」
「………」
「………」
「……あのさ、ナナシ」
「は、はい」
「…これ、いま食っていい?」
「え?あ、い、いま?ここで??」
「お、おう。ほらその、腹減ったし…」
「あ、でも、その…。あ、いや、ど、どうぞ」
「どうも…」

お互いになんだが気まずくて、しどろもどろになりながら会話する。あー、やっぱり飯食っとくんだったと後悔しながら緑色のリボンを解いた。おそらくコイツが悪戦苦闘しながら包装したであろう紙のラッピングをほどき、箱を開ける。

中には、ハート型のチョコが入っていた。

「おまえ、これ入れ間違い、」
「レッドには!」
「…え?」
「…レッドには、ナイショだからねッ!///」

ぽかんとするオレの前を、「じゃあね!」といって顔を真っ赤にしたナナシが走り去っていく。いやいやいや、待て。逃げんな。……え?
パニクりながらもう1度チョコに視線を送れば、やっぱりそこにあるのはハート型のそれで。

「ワンっ」

いまさらになって吠えるガーディをみれば、口になりやらカードを加えていた。どうやら開けるときに落としたらしい。

『義理じゃないからね。   ハッピーバレンタイン,ナナシ』



それはチョコレート



数秒かかって理解した頭が破裂しそうになる。口元がニヤけてたのはきっとチョコの甘い香りのせいだけじゃない。

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