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08



「…で、問題はこれからどうするかだよな」
「うん。あれから何も進展ないし」
「やっぱり図書館とか資料室とかで何か調べるべきなんですかね?」

一旦休憩を挟むことにした一同は、勝手に生徒会室を漁ってコーヒーや紅茶を飲んでいた。いくら外見が普通とはいえ、得体の知れない世界のモノを口に入れても大丈夫なのか、若干の不安もあったが喉の渇きが優った。

「図書館か。…行って何を調べるんだ?」
「まぁ、無難に都市伝説の対処法とかかな。さっきのヒキコさんみたいな」
「対処法って言えばレッド、お前花子さんのときに思い出したとか何とか言ってたよな。アレ、何だったんだよ」
「あぁ、アレ。……花子さんって、炎が苦手だって聞いたことがあるんだ」
「そうなんですか?」
「うん、火災が起きたときにかくれんぼをしていて、トイレに隠れていた花子さんは逃げ遅れたんだって。呼び出す言葉が遊びましょう″なのはその話が元らしいよ。さっき会ったのも、顔に焼けただれた痕があったでしょ」
「そういえばありましたね。髪の間から見えて、それが余計にグロかったから覚えてます」
「それにしてもレッド先輩、よくそんなこと知ってますね」
「グリーンとリーフを脅かすために、いろいろそういう話について調べたことがあるんだ」
「……あぁ、だからお前がたまに放り込んでくる怪談話って妙にリアルなのな」
「……わたしがお化け苦手なの、絶対レッドくんが小さい頃からそうやって脅かしてきたからだと思う」

グリーンとリーフがジットリとレッドを睨むが、素知らぬ顔で流す。ヒビキとコトネは、いたずらにも手を抜かないその姿勢に賞賛の視線を送った。

「どおりでテケテケの対処法とか、ヒキコさんの追っ払い方とか知ってたわけだ。まぁ、お陰で今回は色々と助かったけどな」
「本当に。てゆうか、レッド先輩にそれだけ知識があれば、いまさら高校の図書室に行って怪談話について調べたところで、何か新しい対処法とかがわかるとは思えないんですけど…」
「確かにな。実際、レッド先輩とヒビキ、あとコトネの知識だけで今まで切り抜けてきてわけだし…」
「それよりも、今までで気付いたこととか分かったこととかをまとめる方が先かもしれませんね」
「気付いたことか…。あ!」
「どうしたの、グリーンくん」
「鏡だよ鏡!」
「へ?」
「この世界、鏡が全部無くなってるんだ。俺達が通ってきたはずの大鏡も、女子トイレの鏡も、教室や保健室の鏡も、全部剥がされてるんだよ」
「…確かに、言われてみればそうでしたね」
「じゃあヒビキがヒキコさんを倒したときに使ったあの鏡は?」
「あぁ、アレはコトネのです」
「元々ポケットに入れてあったやつなんです。折りたたみ式の鏡で…ほら」

そういってポケットから先ほどの鏡を取り出すコトネ。なるほど、折りたたまれた今はさきほどの1/4ほどの大きさになっている。

「こうやって開いたらさっきみたいな大きさに…、え?」

そう言って鏡を開いていたコトネの声が詰まる。視線を鏡に移せば、表面にトンカチで叩いたような無数のヒビが入り真っ白になっていた。とてもじゃないが鏡としての機能は果たしていない。

「さっきヒキコさんを退治した引換とかなのかなあ…」
「ココへ入ってきたのも鏡がきっかけだし、何よりこの空間は鏡のように反転してる。この鏡が割れてしまったのにも、何か意味があるのかもな」
「うん。他には、何か気付いたことがある人いる?」
「…そういえば、リーフが言ってたやつ」
「へ?」
「ほら、化物達の限定された行動範囲の話」
「あぁ…。でも、あれ花子さんには適応されなかったし、たまたまじゃないのかなあ」
「いや、そうとも言い切れないぜ。実際ヒキコさんは、音もなく保健室の中に突然現れたし」
「あの!何の話ですか?」

グリーン、レッド、リーフの3人で話を進めていると、コトネが口を挟んだ。当然あの場にいなかった3人には話の内容が掴めない。

「あ、わりぃ。俺達はこの世界に来てすぐ、テケテケに追いかけられたんだ」
「上半身しかないやつですよね」
「あぁ。…始め俺等は、すぐ近くの教室に逃げ込んだ。その時、数分してもテケテケが俺達を追って教室内に入ってくることは無かったんだ」
「テケテケは急に曲がれないってやつですか?」
「あぁ、俺達もレッドにそれを聞いて最初はそう思ってた。でも、ゆっくりだって曲がれるはずだし、音的にも何度も3階の廊下を往復しているような音がしていた。それなら、俺達が教室に入ったのは見てたし、探しに来ないのはおかしいだろ?そこでリーフが、もしかしたらテケテケは教室に入ってこれないんじゃないかって言い出したんだ」
「…それに、ヒビキやコトネから七不思議の話を聞いたとき、゜3階廊下のテケテケ゜って言ってただろ。3階だけでなく、わざわざ廊下と限定されているのには何か意味があるのかもしれないと思ったんだ。そしたら案の定、テケテケは階段を降りて僕達を追ってくることはなかった」

グリーンの後をレッドが繋ぐ。それを聞いたヒビキ、コトネ、シルバーはなるほど、といったように頷いた。

「さっきのヒキコさんだって、閉めていたはずの扉を開けずに突然中に現れた。いくら治療が終わって僕たちに油断があったからって、スライド式のあのドアを開ける音くらい気付く」
「…それで限定された行動範囲ですか。確かに一理ありますね」
「でも、それだと花子さんだけ当てはまらないことになっちゃうの」

うーん、と悩む一同。再び沈黙が訪れた。すっかり覚めてしまった紅茶を飲みながら、各々思考を巡らせる。

「…嫌、そうとも言い切れない」
「え?」
「シルバー、お前何か考えがあるのか?」
「考えというか、どちらかというとただの推測なんだが…」
「う、うん」
「例えばこうは考えられないか?本来は2階の花子さん″だったのが、七不思議として伝承されていくにつれて2階女子トイレの花子さん″になっていったんだ」
「……つ、つまり?」
「花子さんと言えば女子トイレ゛というイメージがある。実際にコトネはそれを受けて、一般的に伝わる都市伝説通り女子トイレの3番目の個室をノックしただろ。そういった先入観から、本来言い伝えられていた内容から変わってしまったと考えてみたらどうだ」
「可能性としては、なくはないな。いま俺たちがいる生徒会室がある棟にだって2階立てだし」
「だとしたら、この棟の2階にも花子さんは出没できる可能性があるってコトネ」
「…もしくは、ボクたちが正規の場所で呼び出したからかもね」

シルバーの説明に納得していると、ヒビキが口を開いた。こんどはみんながヒビキの方へと視線を移す。

「ほら、ボクたちはちゃんと聞かされていた2階女子トイレで花子さんを呼び出したでしょ。花子さんってもともと、遊びましょうって呼び出さないと出会えないタイプの特殊な言い伝えだし。2階女子トイレでしか呼び出せないだけで、行動範囲自体に制限がないのかもしれないよ」
「たしかに。でもソレだとこの生徒会室まで追ってこないのはおかしくない?」
「願わくば、レッドの攻撃でくたばっててほしいところだな。どちらにせよ、鍵を閉めたからって警戒は怠れないか」

グリーンがそうまとめると、リーフの肩がビクリと跳ねた。すっかり安心仕切っていたが、グリーンの発言を否定できる要素など何もない。この部屋でさえ危険かもしれないのだ。リーフは片足で椅子をずり、隣のレッドへと近づいた。

「剥がされた鏡、反転した世界、化物の行動範囲…。他に何か気付いたことがあるやついる?」
「…あ、私ずっと思ってたんですけどいいですか?」
「あぁ、どーしたんだ?」
「こっちに来たとき、私たちもレッド先輩たちも、お互いの姿を見なかったじゃないですか。ヒビキやシルバーにはすぐ会えたのに、変だなあって思って」
「確かにな。お前らが鏡の中に吹っ飛ばされてすぐ、俺もレッドもリーフも同じように鏡の中に入った。すれ違うレベルでのタイムラグなんてなかったはずだ」
「時間か…。そういえばこっちに来てからずっと外が夕暮れなのも変だ」
「そういえば、今何時なのかなあ…」
「ポケギア、動かないどころか電源すら入らないですもんね」
「そのくせ学校内の電気とかは全部動いてるから不思議だよな」
「こう考えてみると変なとこっていろいろあるんだね。これがココを出る何かのヒントになればいいんだけど…」

リーフが近くにあった紙に書いた箇条書きを見つめながらそう呟く。

「出るヒントって言えば、非常階段から外の空間に出れないアレ、なんだったんだろうな」
「あぁ、あの電気檻みたいなやつ。他にも入れない場所や行けない所があるなら、それこそ大きなヒントになりえますね」
「場所ね…。そういえば、校門から学校の外には出れるんでしょうか」
「出れたらまた何か解決策とかありそうだけど、さっきの非常階段の感じからして、この学校の外に出れるかどうかも怪しいな」
「でも、行ってみる価値はあると思う。よく怪奇現象が起っている場所から出れば元の世界に戻ってる、なんて話があったし」
「マジかよ!それならすぐに行ってみようぜ!」

レッドの発言にグリーンが乗る。その勢いのまま、6人は生徒会室を飛び出して靴箱の方へと向かった。リーフはレッドにおんぶしてもらって、だが。




「……くそっ、やっぱダメなのかよ」

ガタガタと昇降口の扉を揺らすグリーン。先ほどの電気檻みたいな謎のバリアはないかわりに、今度は鍵を開けてもドビラが開くことは無かった。予想していなかったことではないが、期待が見事に破られて明らかに志気が下がっていた。

「外にすら出られないなんて…」

リーフの声が、嫌に耳に響いた。ヒビキとコトネが申し訳なさそうに顔を下に向ける。もともと七不思議について調べようと言い出したのは自分達だ。2人は、それに対して責任を感じていた。もし自分たちが冗談半分に七不思議なんて調べようとしていなければ、今頃こんなことにはなっていなかったのに。

「気にすんな、俺等だって興味あったし。最終的にやろうって言ったのは俺とレッドだ。お前たちは何も悪くねえよ」

長い付き合いからヒビキとコトネの考えを察したのか、不意にグリーンがそう言い放った。その声は凛と力強い。

「でも、私たちが…!」
「いいんだ」
「レッド先輩…」
「ヒビキもコトネもシルバーもリーフも、なんにも悪くない。むしろこのお陰で貴重な体験もさせてもらった」
「ま、リーフがいる限り俺とレッドだけじゃ体験できなかったことだったよな。実は俺、ビビリながらも少し楽しんでんだぜ?何事も経験って言うだろ。お前等が誘ってくれたおかげだって!」

ニッと笑うグリーンに釣られて一同が顔を上げる。彼らの醸し出す前向きな雰囲気が、落ち込んでいた気持ちを上向きにさせた。リーフに至っては少し呆れた顔をしながらも微笑んでいる。そしてポンポンとヒビキとコトネの頭を撫でた。

「そうだね。わたしも、そりゃあまだ色々怖いけど、ココに来る前よりはビビんなくなった…と思う。こんなふうに成長出来たのは、感謝してるよ」
「それに、これから先何があっても俺とレッドが守る。だから心配すんな!」
「終わりよければ全て良しってね。とにかく今は、打開策を考えよう」

まだ晴れやかな顔、とまではいかないが、ヒビキとコトネの表情が先ほどよりも明るくなった。それを見てシルバーが安堵の表情になる。幼馴染たちの感じている責任感、それに対して1番気を使っていたのが彼だったのだ。誰にも気づかれないほど小さく笑ってから、口を開く。

「打開策というなら、1つ気付いたことがある」
「本当か!?」
「あぁ。七不思議とその順番なんだが、オレ達は1つめから5つめまで聞いていた通り順番に体験してきただろ」
「うん。でもそれは普通なんじゃないの?」
「いや、普通じゃない。よく聞く七不思議なんて、バラバラなのが大概だ」

コトネの疑問にレッドが答える。

「屋上の大鏡に始まり、3階のテケテケ、2階の花子さん、1階にある連絡通路の手、そして保健室。教室棟は言うまでもなく降りるしか選択肢がないし、連絡通路を通らなければ昇降口には行けない」
「でもたまたまかも知れないよ。リーフ先輩の怪我がその最たる例だろ、もしも怪我をしていなかったら保健室に行くことはなかった」
「嫌、そのための連絡通路だ。割れた窓ガラスに足を引っ張る手、間違いなくコケるだろ。幸い窓ガラスが割れたあとにコケた奴がいなかっただけで、もしヒビキがコケたのが割れたあとだったらどうだ?」
「…下手したら大怪我してたかもしれない」
「だろ。大怪我とはいかなくても、絶対に怪我は負う。オレ達はリーフ先輩の歩けないほどの捻挫があったから、痕に対してもそう危機感を持たなかったが、普通に怪我と共に赤黒い手形が残れば、治療したいと思うのが普通だ」
「確かに…」
「そう考えると、いまのオレ達が物語っているんだが、人間なら通常外に出たい″と考え出すのが普通だろ。電気バリアや開かない扉と続けば、囲われていながらも校舎の外である中庭に足が向くのが普通だ」
「…つまり、七不思議の順番通りってことか」
「あぁ。もしかしたら罠かも知れないが、順番通り行くことに意味があるのかも知れない」
「大きな賭けだな」

シルバーの説明に耳を傾け、真剣に考える一同。彼の提起は納得の出来るものだった。それが罠なのか、それとも解決の糸口なのか。

「……鏡か」
「え?どうしたのレッドくん」
「鏡が剥がされてただろ。これもよくある話の設定なんだけど、鏡の世界から出るために鏡の中に飛び込むのがベターなんだ。もし鏡が全て取り払われていたことに意味があるのなら、この世界もそういった話と同じように鏡を通じて出れるからなのかも知れない」
「そういえば、コトネの鏡もいつの間にか割れていたよね。アレも、そういうことだったのかも」
「先手を打たれたってコトネ」
「どっちにしろ全身が映らなきゃあまり意味はないとは思うけど…。それで、そう考えると1つの場所が浮かび上がる」
「でも、全身が映るような大鏡なんてどこにも…」
「…中庭の池、か」
「うん。あそこなら全身映るし、さっきシルバーが言った説にも辻褄が合う」
「どっちにしろ中庭に向かわざるを得ないってコトネ」

一同はお互いを見つめ合い、同時に頷きあった。最初あんなに怯えていたリーフも、今ではしっかりとみんなを見つめ返している。罠であろうと、解決の糸口であろうと、この仲間たちがいれば大丈夫だと各々が確信していたのだ。

そして6人は、昇降口の反対に位置する中庭へと続くガラス張りのドアを開けた。




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