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07


保健室は、靴箱の隣にある。つまり、ヒビキたちと別れた場所から目の鼻の先だった。

「…よし、開けるぜ?」
「うん」

扉に手をかけ、一気に横へスライドさせる。
ガラガラガラっという豪快な音と共に口を開いたその場所は、ガランと静まり返っていた。とりあえず視界にはおどろおどろしいものなど入らなかったので、少し安心して中へと足を踏み入れてみる。何もないという静けさが逆に3人の不安を煽っていた。

「…鍵、どーする?」
「あー、この部屋の中に突然現れたら厄介だもんね」
「だよな…。とりあえず、扉だけ閉めとくか」
「うん。早く手当して、ココから離れよう」

レッドがリーフを腕から下ろし座らせる。右足に痛みを覚えながらも、コケた当初に比べて良くなっている。これなら、いざという時は走れるかも知れない。

「ほらよ、リーフ。氷見つけた。取り敢えずコレで冷やしとけ」
「う、うん…。ありがと」

グリーンからぽいっと投げられた氷袋を受け取り患部に当てるリーフ。キンと響く冷たさが気持ちよかった。

「…あった、湿布と包帯。テーピングして固定したらだいぶ楽になると思うけど、処置してる間は痛いから我慢して」
「うん、ありがと」
「その間は俺が見張っとくから、丁寧に頼むぜレッド」
「わかってる」
「うぁ、ッ…」

予想以上にギュッと強く引っ張られた包帯に、思わず声を漏らすリーフ。聞こえた声にレッドは「ごめん」と呟くが、処置の手は緩めない。

「……終わったよ」
「ありがとう、レッドくん」
「立てるようなら立ってみて」
「うん。…あ、すごい!全然痛くない!」

レッドの手を借りて立ち上がるリーフ。まだ少しヒョコヒョコとした歩きだが、その表情は明るい。随分と良くなったらしい。

「よかった。まだ走ったりはしちゃダメだけど、さっきよりはマシでしょ」
「マシどころじゃないよ!すごく楽!レッドくんってすごいね!」
「別に、普通。…でも何事もなくてよかった」
「だな。んじゃ早いとこヒビキたちと合流しようぜ。あいつらのことも心配だし」
「ん」

扉の方を警戒しながら、グリーンがそう促す。レッドとリーフが同時に頷いて同意した。

「じゃあ今度は俺がリーフ連れてく。まだ無理しないほうがいいだろうしな」
「ごめんね、グリーンくん」
「ばーか、こういう時くらいカッコつけさせろよな!」
「よっ!流石イケメン!」
「レッドに言われるとすげー腹立つのなんでだろう」
「あはは、2人とも本当にありがとう」

いつ敵と出くわすかわからないので、いざというときはグリーンも戦えるように今回リーフはおんぶしてもらうことになった。グリーンの背中におぶさり、ぎゅっと肩を掴む。

「あ、リーフ。あのさ、その…。言いにくいんだけど、手は前に回せるか?その、だ、抱きつく、みたいに」
「えっ…」
「か、勘違いすんなよ!そんなんじゃなくて、そっちのがバランスとりやすいからっ!」
「あ、はいっ」
「………」
「………」
「…い、行こうか」
「う、うん」
「……グリーン、リーフ」
「いや、違うんだよレッドだからこれは…!」
「あそこ」
「…は?」
「お出ましみたいだ」
「え…?」

レッドの視線の先には、白衣を着た女性がいた。いつの間に中へ入ってきたのか、その女性は唯一の扉の前でジッと3人を見ている。黒く長い髪を後ろでゆるく1つで結い、背は高く、遠目から見ればモデルと勘違いしてもおかしくないほどの体型だ。しかし。

「な、なんだよアイツ…!」

その女の口は耳まで裂け、その右手には赤黒い塊を持ち引きずっていた。3人ともその塊からはあえて視線から外れるようにしていた。直感してしまったのだ。その発せられる独特の血なまぐさい臭いから、その人形のような独特の形から。
女が握っていたのは人形などではなく、小学生くらいの幼子だった。ただの肉塊になるまで引きずり回したものだった。だらんと垂れた頭のみが、その存在を人であったものだと主張していた。
臭いと光景に吐き気を覚える3人だが、恐怖からその視線を外すことは出来ない。逃げようにも唯一の出入り口は塞がれている。ただ心臓が激しく脈打っていた。

「…、ヒキコさんだ」

レッドがそう呟いた瞬間、その女は避けた口角をさらにニヤリと上げた。

ズッ…、ズッ…

1歩、1歩と3人に近づいていくひきこさん。彼女が歩くたびに引きづられている肉塊から嫌な音が響いた。そして引きずられた後についていく赤い跡。

「ぽ、ポマードポマードポマード!」
「………?」
「なっ!バカリーフっ。それは口裂け女だろ!レッドがヒキコさんっつってたの聞いてなかったのか!?」
「だって、口避けてる女の人じゃん!だいたい、ヒキコさんなんて初めて聞いたんだもん!対処法なんて知らないよっ!」

視線を合わせたまま後ずさり、ひきこさんと距離を保つグリーンとレッド。そんなグリーンの背中から、リーフが口裂け女の対処法の言葉を口にする。暴れることはないものの、そうとう怯えているのか、張り付くようにぎゅっとグリーンに密着していた。

「…レッド、お前何か対処法とか知らねえの?」
「手鏡とかで彼女自身の顔を見せると消える、っていうのは聞いたことあるんだけど…」

レッドの言葉にグリーンはそっとひきこさんから視線を外す。そして辺りをゆっくり見回してみるが、手頃な手鏡どころか本来鏡が備え付けられているはずの化粧台から鏡が剥がされていた。
その光景を目にして、瞬時にグリーンは思い出す。そういえば、自分たちが入ってきたはずの鏡も、いつも教室に備え付けられてた鏡も、花子さんのいた女子トイレの鏡も、全て無くなっていた。

「…チッ」

視線を再びヒキコさんに戻し、ジリジリと後退する。当の彼女は何も言うことなく、ただひたすらニヤニヤと笑いながら3人に近づいていた。

ズッ…、ズッ…、ズッ…

後退するにも限界がある。もともとベッドが保健室の半分を占めているため、逃げる場所にも、もう余裕はない。

ズッ…、ズッ…、ズッ…、ヒタ。

もう強行突破するしかないか、レッドとグリーンが同時にそう考えた瞬間、ヒキコさんが足を止めた。思わず身構える2人。リーフはひたすらグリーンにしがみついていた。
すると、今まで沈黙していたヒキコさんが口を開いた。

「…ソノ女の子、可愛いカオシテルのネ」
「い、やぁ…」
「リーフ、お前は顔伏せとけ」
「フフフ、ワタしだって、キレイなノ」

ズッ…、ズッ…

「だカラ、ソノ子ハ、わタシに頂戴…?」

ビチャッ

ひきこさんの右手から、引きずられていた肉塊が離される。その途端、血の生々しい音が室内に響いた。
ゆっくりとグリーン、もとい彼の背に背負われているリーフの方へ空いた手を伸ばすヒキコさん。その右手は赤く染まり、血の発する独特の臭いが鼻先をついた。

彼女の長い爪が目前まで迫った瞬間、グリーンとレッドは息を飲んだ。ヤバイ、死ぬかも。それだけが頭の中を巡った。
だが次の瞬間。

ガラガラガラガラガラッ!!!

「なンダッ!?」

突然保健室の扉が力強く開け放たれた。
グルリと瞬時に体の向きを変えたヒキコさんが、怒りにあふれた声で叫ぶ。釣られるようにそちらを向く一同。

「先輩!助けに来ましたよ!!」

その先にいたのは、生徒会室にいるはずの後輩3人だった。

「な、お前ら何して…!」
「逃げろ!」

グリーンとレッドが慌ててそう叫ぶが、3人は一向に逃げ出す気配はない。グロテスクな赤い人の肉塊を見ただけでも、悲鳴を上げて逃げ出してもおかしくないのに。
そんな先輩組3人とは裏腹に、後輩達はズンズンと保健室の中に入りヒキコさんに近づいていく。

「邪魔をスルなアァ!!!」

怒りを顕にしたヒキコさんが、完全にターゲットを後輩達3人に移行させて手を伸ばす。先ほどまでのゆっくりとした動きは微塵もなく、暴れるようにヒビキたちに近づいていった。

「ダメっ!逃げて!!」
「ヒビキ!コトネ!シルバー!」
「チッ」

焦るレッドたちとは裏腹に、キッと真剣な目をしたヒビキたちには幾分かの余裕も見て取れた。
もうすぐにでもヒキコさんの手が届く、そこまでの距離に来てヒビキが手に持っていたものを彼女の方へと向けた。

グ、ギギ…
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

ジュウウゥゥ…


断末魔と共に、焼けるような音を出しながら顔を覆うヒキコさん。崩れ落ちるようにしゃがみこむ。不快な音に、思わず顔をしかめる6人。

「先輩、今のうちだ!」
「お、おう…」

しかし悠長にしていられないと悟ったのか、シルバーがそう声をかけてレッドとグリーンを促した。目の前の状況が飲み込めないながらも、走って後輩達の元へ向かう2人。リーフは相変わらずグリーンの背中にしがみついていた。
ヒビキ、コトネ、シルバーはその様子を見て踵を返し、来た道を戻る。向かう先は、本来自分たちが待機しているはずの生徒会室だった。レッドとグリーンも後を追って廊下をひた走る。


数十秒、彼らは生徒会室の中にいた。

「「「すみませんでしたっ!」」」

生徒会室の鍵を閉めるや否や、3人揃って頭を下げた。珍しいことにシルバーもである。突然の展開に呆然とするレッド、グリーン、リーフ。

「あの!私たち先輩たちに言われたとおりココの資料を漁ってたんです!でも、それらしいことを書いてるものなんてなくって…」
「見てのとおり整理整頓されてるし、あるのは学校行事に関する内容の資料ばっかりで、それで…」
「…オレが先輩たちの所へ行こうって言ったんだ」
「違う!私だよ!」
「何言ってるの!ボクだってば!」
「バカ!お前等はオレに同意しただけだろーが!」
「だああああああ、うるせえええええ!」
「!?」

3人がお互いを庇い合っていると、グリーンが柄にもなく大きな声を出して黙らせた。

「とにかく、別に俺等はお前らに対して怒っちゃいねーよ!結果的にお前らが来なかったら、たぶん助からなかったしな。むしろ感謝してるくらいなんだぜ?」
「そうだよっ!本当にありがとう、みんな!わたしたちのこと、心配して来てくれたんでしょう?」
「はい…」
「でも次からはちゃんと言うこと聞いて。グリーンもリーフも、こういってるけど3人の姿見たときすごく心配そうな顔してた」
「すみません」
「だから、次からは約束は守ってくれ。……頼りにしてるから」
「は、はい!」

レッドたちの言葉に、ショボンとしていた3人が目を輝かせる。そんな後輩達の様子を見て、グリーンたちにも自然と笑みが溢れた。




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