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04


「ま、まいた…?」

階段を駆け下り、2階の廊下についたところでやっと足を止める。リーフの足に合わせていたレッドとグリーンは相変わらず余裕といった感じだが、当のリーフはもはや息も絶え絶えといった様子である。肩で呼吸をしながら、手を膝に当ててその荒い息を整えた。

「おい、リーフ大丈夫か?」
「へ、へい、き…」
「には見えないけど」
「とりあえずどっかの教室に入ろうぜ。このまままた変なのに見つかってもやばいし」

見るからにしんどそうなリーフの姿に、レッドとグリーンはしばし休息と取ることを決める。いくら急いでヒビキたちを探さなければいけないとはいえ、こんな状態で先ほどのテケテケのような怪物と会いでもしたら今度こそ逃げ切れまい。
3人はとりあえず1番階段に近い、手前の教室に入ることにした。この2年6組は、シルバーの通うクラスである。

「おーい、ヒビキ、コトネ、シルバー…?誰かいるか?」
「………」
「いないみたいだ」

グリーンの呼びかけに、教室は沈黙で答えた。
とりあえず近くにあった椅子に腰を下ろす3人。レッドとグリーンはさすが男の子というべきか汗1つかいてないが、リーフの呼吸は荒い。休養は必要だろう。

「どーする?1部屋ずつ見て回ってもいいが…」
「それでいいんじゃない?3階に戻るわけにもいかないし、さっきの考えが正しいのなら、トイレにさえ行かなければ大丈夫だと思う」
「正しければ、な…」

沈黙が彼らを襲う。ヒビキたちを一刻も早く見つけたい、という思いと、先ほどの恐怖が交差して、思考が上手く纏まらないのだ。

「とりあえず、さっきみたいなのが現れねえとも限らねえから慎重にこうど『うわああああああああああああ!!!』…なっ!?」

グリーンの言葉に割っては入り聞こえた叫び声。同時に3人が廊下の方へ目を向ける。

「おい、今のって…」
「うん、ヒビキたちの声だ」
「よし、行くぞ!」
「リーフ、1人は危ないから…!」
「うん、わっ!?」

尋常ならぬ後輩達の悲鳴に、焦りの表情を見せる。こんな悲鳴、ただごとじゃない。
とにかく廊下へと飛び出した一同は、悲鳴の方向へと足を向けた。突然のことに足をもつれさせながらも、懸命にレッドについていこうと走るリーフ。最も、その様子はほぼレッドが引っ張っているといっても過言ではなかったが。
ふと前を見れば、全速力で走ったのかグリーンの姿がもう随分と前に見えた。その少し先には、蹲るコトネに寄り添うヒビキと、その隣で2人を守るように臨戦態勢を取っているシルバーの姿も見える。足音でコチラに気付いたのか、顔を上げたヒビキがすがるような表情でグリーンを見た。

「ヒビキ、コトネ、シルバー!」
「グリーン先輩っ」
「大丈夫かお前ら!怪我は?」
「それが、怪我とかは無いですけど、コトネが…」
「コトネ?お前どっか具合でも悪、い…」

ヒビキ達の元へ駆け寄り声をかけるグリーン。後輩達に会えた安堵感からか、心配そうな声色とは裏腹にその表情は先程までより安らかだ。
だが、その表情もコトネの様子を見て一変する。ヒビキに肩を支えられているコトネの顔色は、彼がかつて見たことないほど青ざめていた。体もガタガタと震えている。そんな彼女を見て、グリーンが言葉を失う。

「みんなっ、」

前方のただならぬ雰囲気に、スピードをあげて駆け寄るレッドとリーフ。そこは、ちょうど教室と教室の間に設置されているトイレの前だった。幸い扉はしまったままだったのだが、2階のトイレという場所に嫌な予感が抑えきれない。しかしそんな悪寒よりも先に、2人はグリーンの視線の先にいたコトネを見て息を詰めた。

「コトネちゃん…?ど、どうしたのっ?」
「リーフ、せんぱい…、リーフ先輩っ」
「うん、うん、どうしたの?」
「あ、あ…、あそっ、あそこ…っ」

そんなコトネに駆け寄るリーフ。同性である彼女に安心したのか、すがりついて名前を呼ぶコトネは、必死に向かいにあるトイレを指差していた。
素直にコトネが指し示す方向に顔を向けるレッド、グリーン、リーフ。すると、駆けつけたときにはしっかりと閉まっていた押引式のドアが、ギギギ…という音を立ててゆっくりと開いていく。見てはいけない。そう頭が判断するが、体が動かない。次第に大きく開かれていくドア、それにより中の様子が明らかになっていった。

「…ひっ」

その先にいたのは、顔中が火傷の跡でただれた小さな女の子だった。



その悲惨な容姿に言葉を失う3人。
背丈からして小学校の低学年ほどだろうか。肩ほどまである漆黒の髪は、その女の子の顔を半分隠していた。しかし髪の間から垣間見える彼女の肌は赤黒くただれていて、片方だけ見える目はギョロリと飛び出している。
リーフは、自分の体が無意識のうちに震えているのを感じた。そんな彼女達の様子を楽しむように、少女は1歩近づく。そしてそんなリーフの視線をしっかりと見据えると、

ニタリ、と笑った。

「オネエチャンたちも、遊んでくれるの…?」

あまりの恐怖に、リーフの体が硬直する。

「…くそっ、逃げるぞ!」

ヤバイ、そう直感したグリーンがリーフの腕を掴み、今来た道を駆け戻る。その2人の後ろを、ヒビキに手を引かれるコトネ、そんな2人を守るように囲って走るレッドとシルバーが続いた。




*




走る最中、グリーンは先ほどリーフたちと話した、てけてけの行動範囲が限定されているという内容を思い出した。そういやコトネは“2階女子トイレの花子さん”っつってたな、それなら…!

「こっちだ!」
「ひゃあ!?」

ガラリ、と勢いよく一番近くの教室のドアを開け、飛ぶこむグリーン。腕を引かれていたリーフは、悲鳴をあげて彼の順路に従う。それに続くヒビキ達後続。
全員が教室に入ったのを確認したグリーンは、素早く扉を閉めた。

「………」

ぜえぜえと言う息使いだけが、教室に響く。どうやら、追ってきてはいないらしい。ふぅ、とため息をついたグリーンは辺りを見渡す。

「全員、無事か…?」

呼吸を乱しながら全員の安否を確認するグリーン。彼らがいるのは、トイレを挟んで階段側とは反対にある2年2組の教室である。意味がないかもしれないが、鍵をかけて机を入口に積み上げていた。簡易的なバリケードだ。

「ヒビキとコトネ、無事です…」
「ボクとシルバーも」
「よし」

全員の無事を確認したグリーンが、安堵の声を漏らす。よほど心配だったらしい。普段の彼からは想像できないくらいような声色だ

「リーフ、コトネ。お前らもう平気か?」
「う、うん…。さっきはごめんね、ビックリしちゃって…」
「あんなの見たら仕方ねえよ、気にすんな」
「うん、ありがと…」
「コトネ、お前は大丈夫か?」
「はい、すみません…。何が何だかわかんなくなっちゃってて…」

シュン、と落ち込むコトネ。そんな彼女の手を、ヒビキが優しく包む。

「…さっきのアレ。何があったの」

そんな2人の様子を、気にもとめず尋ねるレッド。しかしどう返答していいのかわからないのか、複雑そうに顔を見合わせるヒビキとコトネ。そんな2人を見て、シルバーが口を開いた。

「俺が最初から説明する」
「………」
「…まず、俺達はココへ来てすぐに、この学校が普段通っているものと左右反対になっていることに気付いた」
「へ?あ、ほんとだ。シルバーくんの言う通り、教室の作りが逆…」

背面黒板に鏡文字で書かれた“2−2”という文字に、リーフが驚きの声をあげる。レッドとグリーンは気まずそうに目線を反らした。

「なっ…。先輩たち、気付いてなかったのか?」
「う、うん…」
「まあ俺達にも色々あって、余裕がなかったんだよっ」

シルバーの言葉に慌てて反応するも、その表情は苦笑い。ずっと持っていた学校の作りに対する違和感はコレだったのかと内心で納得するも、後輩たちからの視線が痛かった。

「そ、それで?」
「…そのおかげで、俺達はすぐにココが鏡の中の世界だと認識することができた。入ったからには戻らなきゃならないが、そもそもその場に入ってきたはずの鏡が見当たらない。それに、まさか先輩たちが俺達を追って来てるとは思わなかったから、手がかりを探すために図書館に向かうことにしたんだ。そしたらそこのバカ2人が…」

そこで言葉を切るシルバー。そして視線をヒビキとコトネへと移した。2人は、シルバーの視線を受けて罰の悪そうな顔をする。

「…自分たちの教室の様子を見てみたいと言い出したんだ」
「だ、だって左右反対になってるなんて面白いじゃないですか!」
「探検したいって思うのは人の性でしょう!?」

必死になって言い訳するも、シルバーの冷たい視線に縮こまるヒビキとコトネ。なるほど、つまりこの状況を面白がった2人が自分達の教室へ行くと言い張り、仕方なくシルバーがそれについてきたということか。

「特に何事もなく教室についた。んで、余計にテンションあがったコトネが調子にのって…。よせばいいのに、トイレの花子さんを呼び出してみたい、とかぬかしやがったんだ」
「………」
「ヒビキも、もともと興味深々だったからコトネの意見に賛成して。コイツら2人で行かせるわけにも行かないし、オレもついて行くことになった」

呆れるシルバーと、予想外の言葉に軽く引いているグリーンたちの視線をうけるヒビキとコトネ。2人して目をキョロキョロと素早く動かしていた。
行くことになったって…。ゴクリと唾を飲むリーフの横で、シルバーは話しを続ける。

「いくら鏡の世界だからって、女子トイレに入るのはさすがにまずいだろってことで、発案者のコトネが1人で入ることになったんだ。なんか呼び出し方法?みたいなのがあるからって」
「手前から3番目のトイレを3回ノックして、花子さん遊びましょうって3回言うんです。それが、1番ポピュラーな言い伝えだから…」

コトネが話しに入ってくる。なおも床に座り込んだままだが、その表情は少し回復していた。
ここからは私が話すね、と今度はコトネが口を開く。

「トイレの中もやっぱり左右反対でした。でも花子さんを呼び出すのには何の支障もないから、とりあえず手前から3番目のトイレをノックして言ったんです、花子さん遊びましょうって。だって、まさか本当に出てくるとは思ってなかったから…!」

震えるコトネの肩を、ヒビキがそっと抱く。シルバーも膝をついて、コトネと同じ高さまで目線を下げると、ポンポン、と優しく彼女の頭を撫でた。
レッドたちは、急かさないよう黙って彼女の話しの続きを待つ。

「…最初は、何も無かった。なぁんだやっぱり無理かぁ、なんて思いながらトイレの出口に向かって…。でも、ドアに手をかけようとした時、後ろから ギギギギ…ってサビついた音がしたんです」
「………」
「さすがに私も、まさかね、って思いながら、でもなんとなく振り向くのが怖くて、そのまま出ることにしました。そしてら、後ろから、私の髪をひっ、ぱ…!」

そこで言葉につまるコトネ。その顔は再び恐怖に染まっている。
そんな彼女の表情から、そこから先に何があったのか、聞かなくても容易に想像できた。
先ほどの、おぞましい少女の姿が脳裏をよぎった。ヒビキがコトネの後を継ぐ。

「…コトネの悲鳴が聞こえて、まずいと思った僕たちはトイレのドアに手をかけました。でも、鍵なんてついてないはずの押引式のドアがビクともしなかったんです」
「…ま、まじかよ」
「シルバーと僕で体当たりして、強引に開けました。そしたら中には…」
「…さっきの女に、トイレの中へと髪を引っ張られて引きづり込まれそうになってるコトネがいた」

ヒビキとシルバーの眉間に、深い皺が刻まれる。よほどおぞましい光景だったようだ。
しかしシルバーは、ちゃんと状況を伝えなければと懸命に話しを続ける。

「あまりの光景に驚いたヒビキが悲鳴をあげて、とにかく引っ張られるコトネの体を掴んだんだ」
「でもすごい力で、踏ん張っても僕ごと引きずられました…」
「だから俺があの女に蹴りを入れて、引き剥がすことにした。…そんなに効いてる感じは無かったんだが、とにかくコトネを掴んでた力が緩んで…」
「僕がコトネをひっぱって、トイレから出たんです」

そこでレッド先輩が来てくれました、と続けるヒビキ。
予想していたよりも遥かにハードだった後輩たちの体験に、レッドとグリーンは何と声をかければいいか分からなかった。
そんな彼らの横で、後輩たちの前にしゃがみ、包み込むように抱きしめるリーフ。

「…よく、がんばったね」
「…リーフ先輩」
「えらいよ、すごいよみんな…!よくがんばったね…!」

リーフの言葉に、堪え切れなくなったコトネが涙を漏らす。ヒビキとシルバーも、力が抜けたのか、母親にすがる子どものようにぎゅうとリーフの腕を握った。
そんな光景を見て、レッドとグリーンは覚悟を決める。あの化け物は、自分たちが何とかしなければならない、と。


そんな優しい時間を壊したのは、ガラガラというドアの音だった。この教室からは遠い場所で鳴った音だが、それは間違いなく、教室の扉をあける音だった。
ピリリとした空気があたりを包む。

「…だんだんコッチに来てる」
「あぁ。…トイレから出てるってことは、てけてけの時とは違う原理なのか?」
「分かんない…、他の化け物かもしれないし。でも、ボクたちを探してるみたい」

耳を済ませ、音をきく。なるほど、確かに何者かが教室に入り、ガタガタと探している音がする。
リーフが、後輩たちを抱きしめる手に力を込めた。

「オレ等の場所が解ってて焦らしてんのか、それとも…」
「花子さんのことだし、かくれんぼのつもりなのかもね」
「はぁ?どーいう意味だよ」
「…その話しはまた後でしてあげる。どんどん近づいてるし、今は時間がない。とりあえず、どうやってリーフたちを逃がすか考えよう」

こそこそと話すレッドとグリーン。リーフたちはどうしていいか分からず、ただ彼らを見守った。
音が近い。

「…よし、ヒビキ、シルバー!」
「は、はい!」
「お前らは、とにかくリーフとコトネを守ることだけに専念しろ、いいな?」
「はい…!」
「じゃあ良く聞いて。とりあえず、ボクたちがさっきの化け物を足止めする。この様子だと、あっちの扉から花子さんは入ってくるだろうから…。ボクたちの方に注意を惹きつけてる間に、ヒビキたちは2人を連れて反対側のドアから逃げて。いいね?」
「で、でも…」
「あーもう、いいから言うこと聞け!オレらには、とっておきの秘策があんの!お前らがいたら足手まといなんだよ!わかったな?」
「は、はい…!」

渋る後輩を強引に黙らせると、その返事に満足そうに頷いたグリーンは扉を睨みつける。
となりの教室で、ガタガタという音が響いている。

「よし、じゃあお前ら立て。コトネ、走れるな?」
「はい…」
「非常階段の方から降りて、生徒会室で落ち合おう。ぜったい追いつくから、ボクたちのこと信じて待ってて」

レッドの言葉に、しっかりと頷く一同。その手は震えているが、目には光がともっていた

「ヒビキ、シルバー!任せたぜ!」
「「はい!」」

勇ましくヒビキたちが返事をした瞬間、教室の扉がゆっくりと開いた。

ガラガラガラ…

開ききった扉の先には、焼けただれた姿をした女の子。

「見ィツケタ…」

ニタリと笑う花子。そのおぞましい笑みに、体が硬直する。

「走れっ!!」

それを見たグリーンが大声をあげた。突然の事にビクリと肩を震わせたリーフたちが、我に返って反対の扉から教室を出る。
その様子を、じとりと横目で追う花子。追いかけようと体の向きを変えるが、それはレッドによって投げつけられたチョークによって阻まれた。
再び、レッドとグリーンに相対する花子。

「お前の相手はオレたちだぜ?」

格好つけるグリーンに、レッドが冷たい視線を投げかけたのは言うまでもない。




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テーマ「人外ファンタジー」
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