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03
「走るぞっ!」
「え、きゃあ!?」
危険だ、と判断したグリーンはリーフの手を取って女とは反対方向へ走り出す。突然手を取られたリーフは、グリーンに引っ張られるようにして彼の後に続いた。その横を、彼女を囲うようにして走るレッド。
テケテケテケテケテケッ
そんな3人を、後ろから上半身しかない女がすさまじいスピードで追う。先ほどの引きずるような移動はなんだったのか、その動きは軽快である。ニタリと貼り付けたような笑を浮かべるその表情は、実におぞましい。
「グリーン、まだ追ってきてる…!」
「チッ。とりあえず隠れるぞ!」
「ひゃあっ」
廊下も端まであと少し、というところでレッドが振り返ってみるが、案の定女はまだ3人を追っていた。しかも、先ほどよりもその距離が近いように感じる。
咄嗟に空いていた教室へと体を滑らせるグリーン。手を繋いでいたリーフは、突然のことに間の抜けた声を出して、彼に引っ張られるまま教室へと入った。そして最後にレッドがその教室へと入ると扉を閉め、鍵を詰める。
テケテケテケテケテケ…
無言で息を飲み、その音が遠ざかるのを確認する。教室に入ったことに気づかなかったのか、それとも入って来ることができないのかは分からないが、どうやら難を逃れたようだ。
教室の中は、廊下同様外から入ってくる光によってかろうじて見渡せる程度だった。薄暗い、という表現がよく似合う。若干いつも見慣れている教室に違和感を覚えるが、いまはそれどころではない。
「…ふぅ」
「あー、死ぬかと思った」
ぜえぜえと息をするリーフの横で、安堵の息を漏らすレッドとグリーン。こういうところは流石男の子というか、あれだけのスピードで走ったというのに息1つ乱していない。
しかし、それと疲労度は別物である。一安心した途端、どっとした疲れが3人を襲っていた。たった数十メートルの廊下を全力疾走しただけだというのに、その疲労は何キロもマラソンをした後に匹敵するほどのものだった。
「リーフ、平気?」
「うん、平気…。ちょっと走って疲れただけだよ、ありがとうレッドくん」
「ならいいけど」
「…にしてもさっきのアレはなんだったんだ?」
当然の如く浮かび上がる疑問をグリーンが口にする。その姿を直接目にしていないリーフも、背後から差し迫るおぞましい雰囲気と音に恐怖していたらしい。その感覚を思い出したのか、わずかに身震いをした。
「たぶん、さっきのはテケテケってやつ」
「…テケテケ?」
「上半身しかない妖怪。結構有名だけど、知らない?」
「わたし知ってる。テケテケとトコトコって有名な都市伝説のやつだよね…?」
「うん。そのトコトコってのはテケテケの下半身のこと。よく聞く対処法では、突然角を曲がることはできないとか、テケテケとトコトコをあわせれば無事くっついて襲わなくなるとかあるけど…」
「けど…?」
「本当に見たって奴知らないから、本当かどうか分からない。そもそも都市伝説だしね」
平然と言い切るレッドに、グリーンは思考を巡らせた。何の情報もないよりは幾分かマシであるし、本当かどうかわからないにしても、レッドが対処法を知っていたのは幸運だ。試してみようとは考えないものの、次にまた先ほどの女と出くわした時に行えばいい。無知なままよりは随分いい状況に思えた。
「…コトネちゃんたち、無事だといいんだけど」
ふいに、リーフの言葉が教室に響く。実際つい数分前、自分たちもおぞましい存在に追いかけられたのだ。その心情はレッドとグリーンも痛いほどわかる。
「ヒビキとシルバーが一緒にいることを祈るしかねえな」
「大丈夫だよリーフ、アイツ等はそんなに簡単にくたばるようなタマじゃない」
「うん、そうだね…!」
「ま、あの3人の中で1番強いのコトネだしな」
「…合気道、だっけ?グリーン昨日、寝ぼけたコトネに投げ飛ばされてたよね」
「思い出させんじゃねえよ!」
「ふふふ」
思考を明るく保ち、他愛ない会話をする。次第に心が落ち着いたのか、先ほどまで泣きそうだったリーフの顔に笑顔がこぼれた。そんな彼女の様子をみて、レッドとグリーンが安心したような表情を浮かべた。
「よし!とりあえず、ずっとココに居ても拉致があかねーし、これからどうするか決めようぜ!」「うん!」
「…まずはさっきのテケテケを、どう対処するか決めないと」
そうは言っても、ほとんどテケテケに対して知識がないのだから対処法も立てようがない。あるのは先ほどレッドが教えてくれた内容ぐらいだが、そもそもトコトコが存在しているのかすらわからないため1つ目は実行のしようがないし、2つ目にしても、もしテケテケが難なく曲がり角も曲がってしまったら絶対絶命である。その先の対処法など知るよしもないのだ。
「…ねえ、なんでテケテケはこの教室に入ってこないのかなあ」
「へ?」
「いや、だっておかしいと思わない?わたしたちがこの教室に入ったのは確実に見てたのに、普通にどっか行っちゃうし…。仮に急に曲がれないとしても、通り過ぎた後に、戻ってきてココに入ってこないのは変だよっ」
「んー、言われてみればそうだな」
「…もしかして、アイツが動き回れるのってこの廊下だけなんじゃないの」
「どういう意味だよレッド?」
「コトネは七不思議の話をしたとき、3階廊下のテケテケ″って言ってたんだ。もしさっきのが自由に色んな所を動き回れるのなら、そんな風に場所が限定されてるのはおかしい」
「…つまり、特定の場所でしか活動できないからこの教室にも入ってこれないし、そんな風に場所が限定された状態で言い伝えられてきたってわけか」
再び3人の間に沈黙が訪れる。しかし今度は不安に煽られ口をつぐんだのではなく、それぞれが今の状況の打開策について思案しているのだ。
仮にリーフの考えが正しく、テケテケが3階廊下でしか活動できないとしても、今3人がいる場所はそこに面する教室だ。ヒビキたちと合流するためには、嫌でも1度はこの廊下にでなければならない。
先ほどテケテケと対峙した時のことを思い出す。あれほど遠くにいたテケテケが、最終的にはすぐ後ろまで迫っていたのだ。かなりのスピードがあると考えれる。つまり、その打開策も必要だ。
しかも、ヒビキ達を見つけるにあたってもう1つ、重大な事柄があった。それは、ヒビキ達の現在地である。そもそも彼らが3人一緒にいるかどうかすらわからない現状では、対策の立てようがない。
「ヒビキくんたち、どこにいるんだろうね…」
「………」
「2階や1階にいるんならまだしも、3階の別の教室でわたしたちと同じように隠れるんだとしたら、どうやって見つければいいんだろ…」
まさか廊下にテケテケがいる状態で、のんきに1つの教室ずつ見て回るわけにもいかず、3人は再び途方に暮れた。
今回は運良く巻けたが、この辺りにリーフたちが隠れていることがわかっているのか、扉を挟んだ廊下から時折、ズッ…ズッ…という、あの引きずるような音が聞こえてくるのだ。何度も教室に出たり入ったりしていれば、その内確実に待ち伏せを喰らうのは目に見えている。そうなったら、逃げ切るのは難しいだろう。
だが、いつまでもこうしていられないのもまた事実であった。
「なあ、とりあえず2階に降りねえ?」
沈黙を破ったのはグリーン。その瞳には、硬い意志があった。困ったような顔をするリーフと、いつも通り無表情のレッド。そんな幼馴染2人を、グリーンはしっかりと見据えて言い放った。
「で、でも…」
「確かに3階にヒビキ達がいないとは言い切れねえ。でも、だからってここで俺達がじっとしてても拉致があかねえだろ」
「ん。それはグリーンの言う通りかも。こうしてる間にも、ヒビキたちは何かの危険にさらされてるかもしれないし…」
「な?とりあえず階段まで突っ切って、2階に降りようぜ。そしたらまた何か打開策が見つかるかも知んねえし」
「うん…」
「大丈夫だよリーフ、絶対、ボク達がリーフを守るから」
ポンポンッとレッドが優しい手つきでリーフの頭を撫でた。その暖かさと力強さが、彼女の心に安心感をもたらす。するとその様子を見たグリーンが、先程から繋ぎっぱなしだった手を強く握ってきた。それを受けて、リーフが小さく笑を漏らす。
「うん、行こう…!」
「よっしゃ、そーこなくっちゃな!」
「準備はいい?3、2、1でドアを開けるから」
「おう」
扉の方へ体の向きを変え、レッドが鍵を外す。
「行くよ。…3、2、1!」
「走れっ!」
ガラガラッと派手な音を立てて開いたスライド式のドア。
レッドの掛け声と共に一気に開け放たれたそこから、グリーンの合図で一斉に走り出す。
幸い階段の方に先ほどみたテケテケの姿は見えなかった。
テケテケテケテケッ
無我夢中で階段を目指すグリーン達。その背後から、数十分前に聞いた恐怖の音が追いかけてくる。
「来た」
「このまま走りきるぜっ」
「…きゃあ!?」
「っ!?」
グリーンのスピードについていけなくなったリーフが、足をもつれさせ転倒する。当然手を繋いでいたグリーンも、それに引っ張られ足を止めた。
テケテケテケテケテケッ
「いやぁっ!」
「リーフ、くそっ!」
ニタリ、と笑ったテケテケの目がリーフと合わさる。必死に悲鳴を上げるが、恐怖で腰の抜けてしまった彼女の体は動かない。グリーンが慌ててリーフの方に駆け寄るも、テケテケはもうすぐそばまで迫ってきている。
間に合わない。そう直感したグリーンは、咄嗟にリーフを覆いかぶさるように抱きしめた。せめてリーフだけでも。
そう覚悟を決め、彼はリーフを抱いている腕にギュッと力を込めて目を強く瞑った。
プシューーーーーーーーーッ!!
『ぎゃあああああああああああああああああ!』
しかし耳に届いたのは謎の発射音と、おぞましい声の断末魔のみ。
「……?」
疑問に思って恐る恐る目を開けば、自分の前には赤。そしてその先に、真っ白い泡のようなもので埋め尽くされた廊下が広がっていた。
「間に合ってよかった」
「レッド…」
そう呟いた赤、もといレッドの手には消化器が握られている。なるほど、これをテケテケに撒き散らしたらしい。
「なんか効いてそうだけど、いつ復活するかわかんないし急ごう」
「お、おう」
「リーフ立てる?」
「うん、なんとか…」
グリーンがリーフを支えるように立ち上がり、再び手を引いて走る。背後でまた、ズッ…ズッ…と気味の悪い音が聞こえた。どうやら復活したテケテケが、ゆっくりとだが後を追ってきているらしい。
「あと少し、がんばって」
3人は後ろを振りからず、ただひたすらに階段へとひた走った。
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