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02


結局、一同が大鏡のある屋上についたのは4時半を回った頃だった。案内された先にあったのは、まるで生徒から隠すかのように、大きな焦げ茶色の布で覆われた一枚の板。レッドがその布を取り払えば、確かに全身を移すほどの姿見が現れる。結構な大きさだ。

「本当にあった…」
「知らなかった。こんなところにこんな大きな鏡、どうするんだろ」
「確かに、禍々しいみたいな感じは全然しねえな」

大鏡に対しての感想を各々が口にする中、シルバーは冷静に腕時計を見ていた。ヒビキたちの話が本当ならば、あと10分程度でこの大鏡は異世界へとつながる入口となるのだが、果たしてそれがどういった経緯で変化するのかは甚だ疑問である。

「ねえ、もう帰ろうよう。やっぱりよくないって…」
「大丈夫ですよリーフ先輩!何かあったら私が守ってあげるってことね!」
「うう、コトネちゃん…」

守らなくていいから帰らせてほしい。そんなリーフの思いは大鏡を目の前にしたコトネたちに届くことはなかった。恐る恐る、といった風にヒビキが鏡をコンコンと叩いてみるが、質感も音も普通の鏡と同じである。とても異世界に通じるような代物には見えなかった。

「あと4分だ」

シルバーの声に、一際リーフがビクリと反応する。誰かがゴクリと唾を飲んだ音がした。

「いよいよ、ってことね…!」
「これで何もなかったら大笑いだね」
「ヒビキくんなんでそんなに楽しそうなの…」
「ちょっと楽しみ」
「レッド、お前少しはビビれよ」
「もうすぐ4時44分。...3.2.1.0」
「.........?」
「あれ?」

時間が来ても何も起こらない。試しに大鏡に触ってみるも、相変わらずふつうの鏡と同じだった。

「やっぱり、噂は噂かぁ」…っ!?」
「地震!?」


キーン コーン カーン コーン


「ひっ!?」

シルバーがそう言った瞬間、突然地面が小さく揺れた。それと同時に、鳴り響く学校のチャイム。怯えたリーフがとっさにグリーンの服を掴んだ。

「な、なにこれえ…」
「おい、一体何が…」
「きゃあっ!」
「あっ、コトネっ!?」

突然、階段下から吹いた突風が彼らを襲う。地面の揺れにより不安定になった足元のせいで、思うように踏ん張りが効かない。咄嗟にグリーンがリーフの肩を抱くように庇うが、一方でコトネがその風に煽られて鏡へとその身を飛ばしてしまった。
そのままコトネの体は、鏡を通り抜けるようにその奥へと消えてしまう。そのあり得ない光景に怯むことなく、ヒビキは彼女を追って鏡の中へと飛び込んだ。

「チッ」
「なっ!おい待て、シルバー!」

そんな2人に続いて、舌打ちをしたシルバーが鏡の中へと飛び込む。グリーンが静止の声をあげるも、もう鏡の前にシルバーの姿はなかった。

「グリーン、ボク等も行こう!」
「でもリーフをどうす、…くっ!」
「ひゃあっ!」

後輩思いのレッドがそうグリーンに問いかけるのと同時に、一層激しくなる地面の揺れと突風。それに耐え切れず、3人も態勢を崩した。咄嗟にグリーンがリーフを守るために抱き締める。
そのまま、風に押されるように鏡に吸い込まれる3人。
ギュッと強く目を閉じれば、まるでジェットコースターに乗っている時のような独特の浮遊感に苛まれた。そしてまるで目眩でも起こしているように、脳がぐるぐると揺れる。グリーンはただひたすら、リーフと離れないように腕に力を込めた。


*


レッドが目を覚ますと、そこは真っ白な床の上だった。見たところ、さっきまでいた屋上の踊り場である。どうやら先ほどと同じ場所にいるらしい。

「ッ…」

一体先ほどのは何だったんだと考えながら、ゆっくりと上半身を起こすと、同時にひどい頭痛と吐き気に見舞われた。無意識に頭に手を置き、目を瞑って痛みが収まるのを待てば、案の定すぐにその頭痛は引いていく。どうやら一時的なものだったらしい。安心の意味もこめて小さくため息をしながら目を開くと、視界の端に見慣れたツンツン頭をとらえた。視線をそちらに向ければ、抱き合うようにして倒れるグリーンとリーフの姿が目に入る。

「グリーン、リーフっ!」

普段落ち着いている彼にしては珍しく、慌てた様子でグリーンたちのもとへ行く。そして落ち着いた呼吸を繰り返すグリーンとリーフを見て、安心したように息をはいた。見たところ外傷はないようだし、気絶している、というよりも眠っているだけのようだ。

「ヒビキたちは…?」

そういえば、と思い出したように後ろを探してみるも、後輩3人の姿が見えない。一瞬先ほど大鏡の中へ入っていったヒビキたちの姿が頭をよぎる。嫌な予感がした。

「グリーン、リーフ、起きて」
「ん、う…」
「……レッド、くん?」

早急に後輩達を探さなければいけない気がして、まずは目の前にいるグリーンたちの体を揺さぶる。そんなに深く眠っていなかったのか、すぐに起きるグリーンとリーフ。起き上がったと同時に、彼らは先ほどのレッド同様頭を抑えた。レッドと同じように頭痛がしたらしい。

「あ、れ…?さっきの、屋上…?」
「うん。でも、ヒビキたちがいない」
「…じゃあさっきのは夢じゃねえってことかよ」

頭痛から回復したリーフとグリーンが、不安気に口を開く。誰からともなく吐かれたため息のせいか、3人を陰鬱な雰囲気が包み込んだ。三者三様に、これから先どうすればいいのか検討がつかず、途方に暮れているのだ。

「…とりあえずヒビキたちを探さねえとな」
「うん」
「一緒にいるといいんだけど…」

この場でうじうじとしていても何も解決しないと悟ったのか、グリーンが立ち上がる。釣られて残りの2人も立ち上がた。
とりあえず再度あたりを見渡してみるも、ヒビキたちの手がかりすら見つからない。だからといってジッとしているわけにもいかないので、さしあたって階段を下りていく三人。ここを降りれば3年の教室が並ぶ廊下へと出る。

「…といっても、どこから探せばいいか分かんねえんだよなあ」
「というより、ココ本当にボク達の学校?」
「やだ、レッドくんいやなこと言わないでよぉ…」
「そうだぜレッド、どう見たって見慣れた俺たちの学校だろ」
「でも人の気配がしない。それになんだか違和感がある気がする」

その話を聞くと、急に当たりの雰囲気が不気味に思えてきた。自分たちの学校は、こうもどんよりとした雰囲気だっただろうか。シン、と静まり返った学校は、どこか自分たちの通い慣れた場所とは別のものに感じられた。

「……確かに、さっきまで校庭にもチラホラ人がいたし。教師の1人や2人、いてもおかしくねえな」
「グリーンくんまで…」
「でしょ。なのに誰かがいる気配すらしない」

レッドとグリーンの発言に、身を震わせるリーフ。もともとこういう類の話が苦手な彼女は、彼らの発言にさらにその表情を苦くした。

「ははっ、そんなに怯えんなって。ジョーダンに決まってんだろ」「でもっ」
「リーフ、何かあってもボク達が必ず守るから。大丈夫」
「うん…」

そんな彼女の様子を見て、グリーンとレッドが声をかける。だが、彼女が怯えたのも元はといえばこの二人の会話が原因なのである。いまいち不安気な表情が拭えないまま、3人はレッドとグリーンが通う教室の廊下へと足を進めた。

「とりあえず、虱潰しに上の階から探していくか」
「ん」
「みんな、見つかるといいんだけど…」

ガタンッ
「!?」

そんな矢先、突然遠くから聞こえてきた何かが落ちるような音に、3人が慌てて振り返る。しかしその目線の先には何も見えない。
当たりを包む不気味な雰囲気に、リーフが息を飲んだ。

「いま、何か音が…」
「うん」
「ヒビキ達、か…?」

ズッ…ズッ…

「な、に…?」

様子を伺うように廊下の先を見つめてると、今度は背後から何かを引きずるような音が聞こえた。その嫌な余韻を残す音に、リーフは思わず体を固める。振り向いちゃいけない、そんな気がしたのだ。

「ッ」
「くっ」

そんなリーフとは裏腹に、反射的に音のする方へと振り向いたレッドとグリーン。二人は息を飲むと、歯を食いしばり視線の先の物体を睨んだ。

「レッドくん…?グリーンくん…?」
「リーフ、お前は振り向くな」
「え…?」

上ずった声で2人に声をかけるリーフ。そんなリーフにグリーンが「振り向くな」と低い声で命令した。そんな幼馴染のただならぬ雰囲気に、彼女はただ息を殺す。






彼らの視線の先にいたのは、上半身だけで這うようにコチラへ向かってくる女の姿だった。



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