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『リーフ、聞こえてる?落ち着いて、パニックになっちゃだめだ』
「あ…、わた…怖い、たすけ…」
「…いレッド、俺…中止す…。リーフ、聞こえ…ら、…えも中…ろ!」
「レッドく…グリ…く…、おねが……けて…!」

彼女の必死の叫びが聞こえたと同時に、ノイズが一層ひどくなる。
ザーーーーーーという音と共に、全く聞こえなくなった。

『すぐ駆けつけるから』

どうやらグリーンが中止を決断したみたいだ。
聞こえていないかもしれないけれど、イヤホンマイクに向かって声をかける。
思っていた以上に現状は差し迫っているみたいだ。
以前イヤホンに集中しながら、グリーンが無事に終了するのを待つ。
同時に、ポケモンたちをボールになおして彼らのいる部屋へ向かった。

『グリーン、玄関の前まで来た。終了させたら言ってくれ、僕も中に入る』

8回の1番右端の部屋。
深夜の近所迷惑なんて考える余裕もなく、走りながらそこへ向かう。
僕の声が、廊下に響いた。

『グリーン、聞こえるか?そっちの状況はどうだ?』

相変わらずグリーンの声は聞こえない。
画面には通話中という表示があるのに、ザーザーというノイズだけが響いていた。

「…レッド、終わったぜ」
『分かった、入る』

すると今度ははっきり、グリーンの声が聞こえた。
ガチャリ、と合鍵で鍵を開ける。
廊下から漏れた光が、玄関口に立っていたグリーンを照らした。
背後は真っ暗、どうやらまだ電気は付けていないらしい。
グリーンの持っている懐中電灯だけが、室内の唯一の明かりらしかった。

「グリーン…?」

その暗闇の中でもわかるほど、グリーンは顔色を青白くさせていた。
安定しない光のせいだろうか、彼の影がゆらりと揺れた気がして、恐怖心を煽る。

「…レッド、コレやばいかもしんねえ」

少しの沈黙のあと、グリーンが口を開く。
見れば、人形を持っている手が震えていた。

「何があったの」
「…人形の位置が、違うんだ、俺…、俺、確かに浴槽においてたんだ、なのに、なんで…」
「グリーン落ち着いて」
「クソ、何がどうなってんだよ…」
「グリーン、しっかりしろ!…リーフは?」
「…そうだ、リーフ!リーフがやばいんだ、途中からお前の声もリーフの声もよく聞こえなくなって来て、とぎれとぎれに聞こえるんだけど、アイツの声が明らかにパニクってて…!」
「あぁ、分かってる。とりあえずリーフのところに行こう。…さっきから、電話つながったままのはずなのにリーフの声が全く聞こえないんだ」

とにかく、急ごう。
そういう意味も込めて、玄関口の電気スイッチを押す。

「……え?」
「電気、つかねえのか?」

カチッ、カチッとなんどかスイッチを押して見るが、電気が付かない。

「…テレビの音は聞こえるから、ブレーカーが落ちたわけじゃなさそうだな」
「うん…。ほんと、やばいみたいだね」

とにかく今は電気をつけることに没頭している暇は無い。
時計を見れば、3時50分を過ぎていた。
急いだほうがいい。

「懐中電灯で進もう、まずは塩水だ」
「塩水?」
「リーフが電話の最後に、塩水をこぼしたってニュアンスの言葉をつぶやいたんだ」
「なるほどな」

一刻も早くリーフの元へ行きたかったが、彼女が塩水をこぼした可能性がある以上、確保しておいた方がいい。
それに、この部屋はまだリーフがかくれんぼを続行している場所だ。
僕たちも塩水を口に含んで行動したほうがいいだろう。

「俺が作る、レッド照らしててくれ」
「分かった」

あっというまにペットボトル1本分の塩水が出来る。
まあ、混ぜるだけの簡単な作業だけれど。
それを受け取って、口に含む。
お互いに頷いて、僕の部屋に向かった。

「…!?」

いざ僕が部屋を開けようとドアノブをひねる。
しかし、それは開かなかった。
ガチャガチャと動かすけれど、びくともしない。
鍵はかけていないはずなのに、なんで…。

「レッド、ピカチュウのアイアンテールだ!」

塩水をいったん飲み込んだのだろう。
隣でグリーンがそう言った。
僕達の手持ちの中で、室内で技が出せる小柄なポケモンは僕のピカチュウだけだ。
グリーンの判断に従い、ピカチュウのボールに手をかける。

「ピカチュウ、アイアンテール!」
「……………」

何だ…?
ボールが、開かない…!?

「レッド、どうした?」
「ボールの開閉が行われない、…ピカチュウだけじゃない、全部だ」
「何だと!?」

グリーンが慌てて自分のボールを取る。
カチカチと小さな音が室内に響いた。
どうやら、ボールの開閉機能などを行う電気系統がやられているらしい。
ふと、記憶が蘇る。

「…前にシオンタウンでユウレイにあった時も、同じようなことが起こった」
「じゃあ、これも…」
「うん。ボールのオートマタが、中にいるポケモンたちを守るために開閉機能を停止したんだ」

とりあえず、ポケモンたちはボールの中にいる以上安全だろう。

「ボケっとしてる暇はねえ、とにかくリーフだ。俺たちで体当たりして開けようぜ」

グリーンが持っていた懐中電灯を床に起き、助走をつけるべくドアから少し離れた。
僕もそれに合わせる。

「了解。行くよ、せーの!」

ドンッ、ドンッと何度か2人同時にドアに体当たりをする。
それでもびくとも扉は動かなかった。

「畜生、なんで開かねえんだよ!」

ガシッとグリーンがドアを蹴った。
瞬間、懐中電灯に照らされた彼の影が再び揺らめく。
どこかの文献で、人間は恐怖心が限界に達すると、見えているモノに異常を覚えると書いてあった。
自分で思っている異常に、この状況に恐怖を感じているらしい。

「くそっ、レッドもう1回だ!」
「うん、せーの!」

ドン、ドン、ドンッ!!

「うわっ!?」
「っ!?」

すると、今度はまるで内側から開けられたかのようにすんなりと開いた。



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