総隊長の補佐で入隊式に参加していた雀部副隊長に呼ばれ、"引率役"が一番隊舎内に踏み入っていく。
 隊の番号順に入場……のような決まりは特に無いので、大人しく海燕さんのあとに続いた。
 緊張した面持ちの新入隊士達の顔ぶれをぼんやり眺めながら、漠然と懐かしい気持ちを噛み締める。
 私が護廷十三隊に入隊した時はどんな気持ちだっただろうか。正しい記憶がわからないので正解は出ないけれど、こんな風だったんじゃないかと思う。

 雀部副隊長の指示でぞろぞろ動き出した新入隊士達の群れに向かい、「九番隊の人はこちらへ」と片手を掲げる。
 そんなに背も高くないので精一杯声を張りながら手を振っていたら、やがて事前に聞いていた人数を確認することが出来た。

「初めまして。九番隊副隊長"代理"・第三席の水月乙子です」

 代理、のあたりに反応して若干新人達がどよめく。まあそうだよなぁ、と思いつつ手を叩き静粛を促す。

「詳しいことは隊舎に着いてから東仙隊長から説明があります。私語を謹んで、私についてきて下さい。九番隊舎へ向かいます」

 隊長・副隊長が不在の隊はなにも九番隊だけじゃない。
 きっとここから十数年間は何処の隊も苦労するだろう。冗談じゃなく、早く隊長格の穴が埋まればいいと思う。
 いつ居なくなるかわからない私が、いつまでも繋ぎ止めていていい場所じゃない。

頑是ない子としての君


 新人達を引き連れ九番隊舎に戻る。隊長も隊士達も霊圧が道場の方にあったので、打ち合わせ通りそちらに先導する。
 新人の数はそれほど多い訳ではないけれど、隊士全員を収容可能な場所としては道場が最も使い勝手の良い施設だ。恐らく他所の隊でも最終的には新人達は道場に連れていかれているに違いない。

 すでに席次順で並んでいる隊士達が空けている右側の空間に新人達を並ばせ、私は一段高いところに立っている東仙隊長のそばに並ぶ。
 「新入隊士十二名、揃いました」と囁くと、東仙隊長は一つ頷いて正面に顔を向けた。

「九番隊隊長・東仙要だ。新入隊士の諸君、ようこそ九番隊へ」

 隊長に就任してからすでに数十年経っているけれど、この時期になると査定や新人の受け入れなど、隊長特有の仕事が増えるせいか、東仙隊長は毎年「いつまで経っても慣れないな……」と溜め息を吐くことが増える。
 戦死や引退などの特別な事由がない限り、基本的に隊長の交代なんて早々するものじゃないから、他所と比べればどうしても東仙隊長の隊長歴は短くなってしまう。
 生来の生真面目さによって早く慣れなければ、という気持ちが焦りや余計な自省を促してしまうのかもしれない。

「九番隊は今現在まで副隊長が不在だ。仕事と戦績の結果如何では古参だろうが新人だろうが、平等に席官、または副隊長への昇進の可能性がある――ということを念頭に置いて欲しい。その資格があるとこちらが判断した者には、積極的に昇進の打診をしていくので、そのつもりで日々に臨んでくれ」

 ――九番隊は、例の"虚化事件"の被害が最も大きかった隊だ。
 隊長・副隊長だけでなく上位席官も根こそぎ失われてしまっている。そしてその空白の席次は、今現在でも埋まりきっていない。
 席が空いたから代わりに誰かを、という風にはならないのだ。上位だろうが下位だろうが、席官になるならそれ相応の力と能力が求められる。

 十三隊全体で隊長格・上位席官の抜けた穴を埋めるよう人事局からはたびたび申し送りされているが、その場しのぎで適当に穴を埋めても後になって困ることはわかりきっている。
 そういうわけで、十三隊側としては人事の穴埋めは比較的のんびりしたペースで行われていた。実力の伴わない昇進で隊士を無駄死にさせる訳にはいかない。妥当だと思う。

「とは言え、気を張る必要は無い。まずは九番隊を知ってほしい。九番隊の在り方を通して、君達が自分なりの死神の在り方を――正義を、見出してくれることを願っている」

 就任した年と比べれば、このいつもの挨拶も淀みなく流れるようになった。
 終わったあと私が「気恥ずかしさがちょっと滲み出てましたね」とか言うのを気にしていたからなぁ。今年は文句無しだ。
 光を反射する灰色のゴーグルの内側で、褐色の肌が薄い笑みを浮かべている。面倒見の良い彼のことだから、きっと今年の新人達もしっかり育て上げるだろう。

 "事件"に巻き込まれいなくなった前隊長の跡を継ぐこと、そして自分を隊長にと推薦してくれた藍染隊長の期待に応えることが彼の原動力のようだった。
 私はその隣に、どこか離れた場所からその目映さを眺めるような心地で立っている。

「私からは以上だ。水月」
「はい。……改めて、九番隊副隊長代理・第三席の水月です。簡単にですが、現在の席官を紹介します。第五席――」

 穴らだけの席官紹介はすぐに終わる。次いで懐に忍ばせていた新入隊士名簿を取り出す。
 新人の名前が羅列されているだけの表だ。今からそれを読み上げ、応える隊士の名前と外見特徴を把握していく、私にとっては重要な工程に入る。

 たとえば髪色や顔つき、体格など、他と区別がつきそうなものであれば何でも構わない。誰かと比較しなくても一目見てわかる特徴であればなお良い。
 慣れているとは言え、まったく知らない相手の特徴をあとで一から書き起こし、すべてを頭に入れるために何度も反芻するのは疲れる作業だ。ここからは少し根気がいる。

「檜佐木、修兵くん」
「はい」

 五十音順に並んだ名前を上から読み上げ、後半に突入したあたりで、ひょろりと背の高い青年がはっきりと返事をした。
 呼に反応してこちらを向いた彼の、顔の右側――額から顎にかけての三本傷。私と違って視力には問題無いんだろう。両の目ははっきりこちらを見ていたから。

 視覚情報には特に言及せず、次の名前を呼びながら、そっと先日の東仙隊長との会話を思い出す。
 胸に降って湧いたのはああ、彼がそうか、という納得。

 檜佐木修兵。名前は知っていた。
 真央霊術院在学時から護廷十三隊への入隊が内定していた成績優秀者。隊長ですら「この成績なら席官入りはほぼ確実かもしれない」と言った、まるでお手本のような経歴。
 成績表と卒業試験の結果を見る限りでは私も隊長に同意せざるを得ない。
 実際の人柄や仕事ぶりは見てみないことにはわからないけれど、少なくとも成績や試験の結果では彼が飛び抜けていた。

 ――副隊長候補になるんではないか。
 否が応でも考えてしまう。

「……以上、十二名。最後になりますが、入隊おめでとうございます。皆さんの今後の活躍に期待しています」



 新人の顔見せが終わったら、次は隊舎内設備の案内、それから十三隊共用の食堂の説明がある。
 朝からそこそこ忙しいなぁと息を吐き、終わった予定から手帳に補足を書き足していると、東仙隊長が「目立つ隊士はいたか?」と耳打ちしてきた。
 新人以外は解散を言い渡したので道場の人気は減ってきているが、それでも一応内緒話の体でいくらしい。私も彼に倣い、片手で口元を隠し彼の方へ身体を寄せた。

「あの、事前に話題になってた、檜佐木くん」
「ああ、例の。何か気になるところはあったか?」
「ええと、背が高いなぁって」
「背が高い」
「はい」

 オウム返ししてきた隊長に頷くと、何故か「フッ」と吐息のような笑い声を零し顔を背けられてしまった。
 な、なぜ。

「君は本当に……そういうところがあるよな」
「そういうところとは……?」
「いや成程、背が高いんだな。近い者は?」
「そうだな……雀部副隊長と同じくらいかしら」
「そうか、雀部副隊長と……フッ」
「ねえ……あの、なんで笑ってるんです?」

 結局顔を逸らしたまま小刻みに肩を揺らす隊長がこちらを向いてくれることは無かった。
 困惑しているうちに、新人隊士が「あのう……水月三席?」と控えめに声をかけてきたので、笑いを堪えきれていない東仙隊長は放っておいて、案内に戻ることにした。


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