三拍子で風はゆく

「瀞霊廷内のご飯屋さんからシャラの木が見えて、よく咲いてたって」
「シャラの木?」
「うん。夏椿。季節だよねぇ」
「いや、夏椿は知っとるけど」
「あ、そう?」

 首を傾げた私にリサさんはそっと目を逸らし、ひよ里ちゃんは「おもんな」と吐き捨てた。
 面白くないって言ったって、最近平子隊長と話したことを訊いてきたのはそっちなのに。二人が面白がりそうな話題が他にあったかしら、と肩を竦め記憶を遡ってみる。

「……あ! そのご飯屋さんのところてんが美味しいって言ってた」
「おもんな!」
「そんな二度も言わなくても……」
「コテコテのお見合いでももう少しマシな話題選びするやろ。なまえが真子やと思うてる奴が、実は真子によう似たつまらんことしか言わへん別人っちゅう説ない?」
「なにそのおかしな状況は。流石にないよそんなの」

 酷い言いようである。
 私の前でのみ無口になる平子隊長と、無口な平子隊長に圧を感じていつも以上に喋りすぎてしまう私のその後の様子にケチをつけられたって、私達の進歩なんて所詮そんなものだ。
 リサさんやひよ里ちゃん達が相手の時と比べて未だ言葉数の少ない平子隊長が私と愉快な話題で馬鹿笑いするなんていう奇跡は現状望むべくもない。多分あと百年は掛かる。

 なのでどんなに進展を期待されても、私達の主な話題と言えば天気と仕事、あとはその時視界に入る自然や人々の話くらいなもの。
 むしろ夏椿はその流れで隊花の話にまで広がったので、話題としては優秀だったと言えるだろう。盛り上がったとは嘘でも言えないけど、言葉は途切れなかった。
 今でも平子隊長は私が喋り出すと以前のような感情の読めない表情でじっとこちらを凝視して黙ってしまう時がある。視線に気付いた私が言葉に詰まると我に帰り、「あー」とか「ぐう…」とか呻いていることが多い。
 上手く出てこない言葉を絞り出そうとしているような仕草で、なんだか申し訳なく感じてしまうけど。

「これでも頑張ってるんだよ、お互い頑張ってる……ものすごく……」
「亀の歩みやけどな」
「別に頑張るほどのことでもないやろ。喋ること無かったら喋らなええやんけ」
「まだ私達に沈黙はつらい……」
「雑魚っ」
「ひどい」

 お八つ時の食堂はお昼と比べ人気が少なく、仕事がひと段落した私達が隅を陣取りお茶をしていても咎められないほどに今日も瀞霊廷は平和だ。
 急須から少し温くなったお茶を注ぎ、一口含む。最近はことあるごとに平子隊長が五番隊で小休憩がてらお茶していくことを勧めてくるようになっていたので、こうして女性だけでのんびりお喋りして過ごすことがひどく久し振りのような。

「もうちょっと私が喋るの上手かったらよかったんだけどなぁ……」

 平子隊長と話している時より圧倒的に口数は増えるけど、相手が彼女達であれば別に疲れない。
 ということは、やっぱり平子隊長相手だと私はまだまだ緊張しっぱなしと言うことで……(当然ではあるけれど)。

「なァに一丁前に気ィ遣っとんねん」

 手元で湯呑が鈍い音を立てた。

「びっ……くりした……いえ、しました……」
「見たらわかるわ。漠然と罪悪感刺激する顔しよって」

 心臓のあるあたりを手で押さえながらぎこちなく振り向くと、背後には相変わらず何を考えているかわからない平子隊長が立っていた。
 さらにその後ろ――食堂の入口あたりには愛川隊長、ついでに京楽隊長が見える。私の向かいに座っている副隊長二人はやれ「聞き耳立ててた」とか「盗み聞きは重い刑罰が」とか言っているが、入口に控える隊長二人のニヤニヤ面白がっているような表情を見るに、多分私の反応を面白がってわざわざ平子隊長をこちらに寄越したんだろう。悪い隊長達だ。

 案の定、非難轟々の平子隊長は顔を顰め、私の手から湯呑を奪うと「お宅の隊長が探しとったんやって。俺はただのパシリや、パシリ」と言って副隊長二人に片手を振った。「お前らもはよ仕事戻りや」
 二人は平子隊長の言葉など気にしていない風(たぶん実際気にしていない)だったけれど、私は流石にそうもいかない。ひとしきり笑って落ち着いたらしい愛川隊長が向こうで小さく手招きをしているので、なにか仕事の話があるのだろう。
 私が席を立つと、自然と解散の流れになった。

「あたしらの方が上手く喋れとるからって嫉妬しぃな、真子」
「ハゲの嫉妬は見苦しいで」
「ハゲちゃうし妬いてもないわアホ」

 ……相変わらず、私を抜いた方が淀み無く会話が進んでいく。何を言えばいいのか完全に心得ているみたいに迷いない言葉選びと自然さだ。
 いつか私もそういう風になれたらな、と憧れみたいな気持ちを抱きつつ、「ではお先に戻ります」と一礼して愛川隊長のもとへ駆け寄った。

「すいません愛川隊長、探させてしまって」
「いやいいよ、いいモン見れたわ。ホレ春水さんの顔見てみろ、愉快なことになってんだろ」
「え……? 京楽隊長のお顔……?」
「いやあ、平子隊長ってば随分大股で歩いていくなぁと思って……」
「なんかすごい笑ってることしかわかりません、愛川隊長」
(title by alkalism)

- ナノ -