開発局を片付けたついでに、十二番隊の隊舎内も大掃除が執り行われた。
 それももう随分前のことのように思うけど、隊首室だけは『魂魄消失事件』以前の状態のままのものも少なくない。
 もちろん隊再編に際して持ち出されたり、処分されたり、押収されたまま戻ってこなかったものも多いけれど、椅子や備え付けの備品はそのままだったりする。

 壁の端に寄せられた、メタリックで無機質な室内にそぐわない椅子のそばに腰を下ろす。
 基本的に私達はもう隊首室に出入りしない。けど、私は時々他の隊士達が帰ったあとにここを掃除していた。
 だから埃を被っている場所なんて一つもない。すべて、すべて、あの頃のままだ。

 まるで夜が明ければ何でもない明日が来るような気がするくらい、あの頃のまま。

 魔改造されたままの隊首室に残るこの椅子は、隊首室に用事がある時座る場所がないと怒ったひよ里ちゃんが持ち込んだ椅子だった。
 だからこれにはいつもひよ里ちゃんが座っていた。たまに膝を立てて座って行儀が悪いと窘めたこともあったっけ。


 椅子の座板に頬を擦り寄せる。温かみはない。木の冷たさが伝わってくるだけだ。
 ……ここもそのうち他の隊士達の手が入ってほとんどが処分される。室内だって、次の隊長好みに模様替えをされるかもしれない。


「……私、ちょっとだけ頑張ってみようと思うんです」

 いまいち感情の乗らない声で小さく囁く。
 木製の椅子に縋り付いたまま、瞼を閉じて。

「もう何もかも手遅れかもしれないし、本当はもっとはやくにそうすることを択んでいれば、もしかしたらこんなことにはなっていなかったのかもしれないけど。……何を言ったって、全部後の祭りですよね」

 でも、だからって今を棄てていい理由にはならない。

「ずっと私は私を恐怖から護るためだけに生きてきました。……死にたくなかったから。怖いものに殺されたくなかったから。そうすることでしか生きていけないと思っていたから。でも、今までのこと、覚えてる限りに思い出してみたら、驚いちゃって」

「浦原十二番隊が壊れちゃったってわかった時。――初めて空海月が暴走して沢山の人を廃人にして、大人達の前に連れ出された時と同じくらい、怖くてつらかった」

 今でも浦原隊長のことは憎んでる。
 約束を破られたことじゃない、私が科した勝手な約束に簡単に頷いたことを憎んでる。
 だってそれがなかったら、私はそもそも浦原十二番隊が壊れることをつらいなんて思わなかったはずだから。

 ひよ里ちゃんとリサちゃんが恋しい。
 私のことを損得無しに叱ってくれるのは、二人だけだったから。
 また、叱ってほしい。……自分の笑い方を忘れてしまった私を、叱ってほしい。

 ……涅さんに、これ以上迷惑をかけたくない。
 私がいるんじゃ、きっと新十二番隊の足手まといになる。

 だから。


「――さようなら。私はもう、此処にはいられません」


 そうして自分を棄てる決断を口にして、私は。
 擦り寄せた椅子の冷たさに、胸を掻き毟った。

 忘れたい。忘れたくない。忘れられない。
 忘れられないから、私の夢はいつまでも此処に縛り付けられたまま。
 それが酷く苦しくて、悲しくて、寂しい。

 過去も未来もない記憶のなかに孤独なままでいられれば、寂しさなんて知ることもなかったのに。
 やっぱり、憎いなぁ。



「……ごめん、なさい。ごめんなさい、……私、みんなの為に――これしかしてあげられない」

 憎くて、愛おしい。

忘却のそばで待ってる




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