太陽が見えなくなって、空が紫色と黒色の狭間を彷徨っている頃。

 ようやくおにぎりを握り終えたので、食堂で借りた調理場を元に戻し、飾り気も可愛げもなく白いお皿におにぎりを山積みにしてえっちらおっちら隊舎へと戻った。

「ただいま戻りましたぁ」

 お行儀悪く足で扉を無理矢理開けてやってきた私を見て、浦原隊長が「おにぎりが歩いてきた」なんてふざけたことを言った。寝惚けているんだろうか。
 私の視線に浦原隊長は唇を尖らせた。

「寝てませんよ、見て下さいこの見るからに仕事中の様相」
「はいはい、偉いです浦原隊長世界いち」
「…もしかして乙子サンってそっちの大雑把で冷たい方が素なんスか? 今まで優しくて控えめだった乙子サンは幻……?」
「別にどっちも幻じゃないですよ。浦原隊長は優しくするとつけあがることがこの数年間で判ったので頑張って使い分けてるだけです」

 言いながらお皿を適当な机に置く。一応乾燥しないように布を被せて、裏紙に"お夜食にどうぞ"と書き残しておいた。
 それから手帳に今日のことと、明日の大雑把な予定を書き加えて辺りを見渡す。何とか残業時間を誤魔化してお仕事ができるのはここまでのようだった。
 ほとんど浦原隊長の管理下におかれ出勤時間も退勤時間もあったもんじゃないグレーな技術開発局と違って、隊士の業務時間も管理される十二番隊ではあまり残業をするとお叱りを受けてしまう。

「私そろそろ帰りますけど、隊舎寮の方にいますから何かあったら声かけて下さい。夜中でもいいです」
「大丈夫っスよぉ、ボクも今夜は研究室には籠らずにここで待機しますから」
「…とにかく、何か起こって取り返しがつかなくなる前に呼んで下さいね。絶対ですよ、朝出勤したらとんでもない額の請求書が事後報告と一緒に来るのは御免ですからね」
「はいはい」

 本当かなぁ。
 口うるさい母親を前にしたような苦笑を浦原隊長含めその場にいる全員が浮かべている。私だって好きで口うるさくなってる訳じゃないのに。
 肩を竦めながら局を後にしようとした私の死覇装の袖がくいと引っ張られた。

「乙子さん、ちょっと」
「阿近くん。どうしたの、急用?」
「急ぎじゃないです。前話してた薬品が大方できたので報告書と申請書書きました。明日でいいので内容の確認お願いします。明日でいいので」
「そう何度も言わなくとも…」

 以前呼び止められた流れでそのまま三時間局員達と一緒に残って仕事をしていたことをよほど覚えているらしい。明日でいいので、と念押しする阿近くんの頭をひと撫でして明日ね、と繰り返した。

 今度こそ局を後にするべく、大きな鉄扉を押し開いたまま「お疲れ様でした」と声を張る。
 もう皆私からほとんど興味を失くしていたけれど、それぞれがいつも通りの姿のまま、いつも通りの私のさよならを聞いていた。


 そんな私の別れの言葉を取り残し、誰にでも平等に夜は訪れ、そして更けていく。
 わかりきったことだった。
 明けぬ夜が無いように、沈まぬ太陽も無いのである。
 ただ、そんなわかりきったことを失念してしまうほど、眩しく温かい太陽だったのだ。

 夜は更けていく。

膚さえ容易く汚すというよ




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