秋の空は好きだ。明確な理由はないのだけど、あの何とも言えない青色を見ていると心が落ち着く。
 けれど今日という今日ばかりは、慣れ親しんだ瀞霊廷の空に目を向けても身の内から湧いてくるようなそわそわする感じが消えることは無かった。
 思わず死覇装の袖から手を突っ込んで腕を擦ってしまう。

「うう…緊張する……」
「何や今更。初めてでもないのに」
「違うよ、演習に緊張してるんじゃなくてこれから先聞くであろう悲鳴に緊張しているの…」

 苦笑い気味の浦原隊長が後ろで「そう言われるとちょっと気後れしますね」と私以上に今更なことを言い出したので、思わずそちらを振り返ってひよ里ちゃんと同じことを言ってしまった。
 今回の演習に浦原隊長は参加しない。
 隊長格のどちらかが出場していればいいと言う大変緩い規則なので、今回は平子隊長を爆殺する気満々のひよ里ちゃんが出場、寝不足の浦原隊長は応援となったのだ。ちなみに涅さんも不参加である。
 ひよ里ちゃんと私、そして十二番隊隊士半数で臨む対五番隊演習、正直不安しかない。

はんぶんもことばにならなくて


 参加者がそれぞれ演習場に入り開始指定位置に集まると、両隊から見える位置から天に向けて赤い煙が上がる。それが開戦の合図だ。
 演習場はぐるりと柵に囲まれていて、敷地内にはちょっとした林もある。私達十二番隊のスタート位置から見て右手側に木々が見えて、そのあたりは枝葉が影を落としていて足元が暗い。

「ほな、皆作戦通りに頼むで!」
「うう……私だけ単独行動…嫌だなぁ…」
「しっかりしぃや! 乙子の追い込みが成功せんと始まらんのやで!」

 容赦なく背中を蹴っ飛ばされる。腰に下げた斬魄刀と預けられた開発品の数々がぶつかりあって騒がしい。

 そんなこんなで結局いつも通りに揉めているうちに、赤い煙が空に向かって立ち昇り始めた。

 そうなってしまうともううだうだ言っていても仕方ないので、右手側の林から迂回する皆から離脱して左手側に回る。
 ここからは時間との戦いなので、五番隊に見つかること前提で思いきり演習場を駆け抜けるだけだ。
 様子を窺っている五番隊の集団が見えてくる。単機で迫ってくる私を見留めてざわめいている。
 開始早々、しかも一人で四席が現れるとは思っていなかったのだろう。いや、思われていたらこの作戦は破綻してしまうんだけども。
 何だかんだ言って平子隊長も藍染副隊長も頭がいい人達だし、それでいて戦うのも苦手じゃないみたいだからずるいよなぁ。

「来よったな乙子! ひよ里達はどうしてん!」
「黙秘します!」

 …よくない方向に思考が流れそうだったので、私を迎撃する気満々の五番隊の皆さんの前で急ブレーキをかけた。土埃を立てながらざざざ、と足を止めつつ両手を突き出す。

「縛道の二十一『赤煙遁』!」

 煙幕が辺りを覆っていく。視界を遮られた五番隊はそれでも動揺を静めつつあって、流石だなぁと感心しつつ矢継ぎ早に斬魄刀を抜く。

「――揺蕩え『空海月』」

 抜き放った刀身がたちまち膨れ破裂する。どろりと地面に広がった蒼い液体は緩やかに地面に浸透していく。
 煙幕の向こう側で何名かは私に攻撃を仕掛けようとしている気配があった。
 けれど、視界の悪い現在地から脱して、かつ私を見つけて接近しなければならない五番隊の隊士達と、ただ空海月を揮うだけで反射的に攻撃できる私との差はあまりに大きい。

 指揮棒の要領で握った空海月を振り上げる。
 粘着質な音を立てながら蒼黒い触手が空を目指して伸び――煙の中へと雪崩れ込んだ。

「うわーーー!!」
「退避ーー!」
「退がれ退がれ! 掠った奴からお陀仏やで!」

 いや、お陀仏は困りますけどね。
 内心そう突っ込みながら煙から飛び出す隊士達を更に追い立てるように触手を広範囲に展開する。箒でゴミを掃き出すように、めいっぱい横に生やした触手でどんどん林側へ。
 とはいえ現時点で全員が触手の毒で戦闘不能になられても困るので、狙いはつけずに適当にぶんぶん振り回している感じだ。

 …ちなみに斬魄刀の性質的に私が一番追い込み漁(と言ったら怒られそう)に適していると事前の作戦会議で判断されたが故の人選である。
 平子隊長の斬魄刀の能力も仲間が周りにいると巻き込んでしまうタイプなので、単純に力の差が出る剣戟に持ち込まれる前に任された分の仕事は果たしておきたい。

 演習とは要するにいかに効率よく敵に勝利するかの戦いなので、別に個々人が戦果を挙げる必要はないのだ。
 平子隊長擁する五番隊はきっといつもの調子でひよ里ちゃんが平子隊長目がけて突撃してくるところを想像していたに違いないだろうが、生憎スイッチが切り替わると軒並み人間性と言うものを削ぎ落とせる頭脳派二名が今年の十二番隊にはいる。片方は元から人間性が最悪とか言ってはいけない。
 そういう訳で、以前の十二番隊と同じ戦い方をすると思われては困るのである。もう十二番隊に"真っ当"という観点は無いのだ。…そう、恐ろしいことに情け容赦も無い。

 空海月の触手壁でどんどん林に追いやられていく五番隊の面々を流し見ながら、走っていた足を止める。
 同時に触手もぴたりと止んだことで平子隊長が何かに気付いたような顔をしたけれど、気付いた時にはもう手遅れだ。
 本当に今更罪悪感で心がひしひしと痛むので、気持ちばかり両手を合わせて触手越しに頭を下げた。

「ひ、平子隊長…五番隊の皆さん…ご武運を……!」
「乙子おまっ――」

 瞬間、どーーーーーーんと派手な音を立てて平子隊長が吹っ飛んだ。
 比喩ではなく、本当に吹っ飛んだ。


 「だっはっは」なんていう酷い笑い声を上げるひよ里ちゃんが飛び出して、爆発に巻き込まれた隊士達を掻き分けて平子隊長に斬りかかったのを見上げる。
 足を止めた私の側にお疲れ様です乙子さん、と部下が駆け寄ってきてくれたので、片手を振って応えた。

「いやあ、設置間に合ってよかったねえ、地雷」
「正直ギリギリでしたよ! 赤煙遁と触手の攻撃で五番隊の奴らの注意が足元から逸れていたおかげで綺麗に引っかかってくれましたけど」
「そうだね、いっそ清々しいね…あとで藍染副隊長に謝らないと……」

 私が単騎で五番隊を攪乱しつつ林に誘導している間に、林側では皆が技術開発局お手製のトラップを手あたり次第に設置していた。
 その中にはもちろんひよ里ちゃんが楽しみにしていた地雷も含まれており、一斉に罠が仕掛けられた地帯に踏み入った五番隊は綺麗に地雷を踏んだと言う訳だ。
 今まで護廷十三隊にこういった武器を使用して戦う隊は恐らく存在しなかっただろう。
 暗器を用いて静かに戦う、人体の弱点を知り尽くした二番隊とはまた違った特異さが、浦原十二番隊の得た新しい戦い方だった。


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