「私は、その人を知りません。だから、ええと……その人を、傷付ける理由がありません。

 …ええ、ええ、わかっています。わかっています、これは償いなのだと――罪を犯した私には選択の自由がないことは承知しています、理解しています。けれどこれは、これは違う……。
 護廷のために、友のために、世界のために、私達は、私は…これを与えられたのではないのですか。
 それが、貴方達が定めた法で、決まりではなかったのですか……。

 ………わかって、います。わかっています。
 自分がどれだけ罪深いかなんて、そんなこと…。
 許されようなんて思っていません、微塵も、少しも。幸せになろうなんて、自由になりたいなんて思っていません、本当です、ほんとうです…。

 でも、自分が自分でなくなる瞬間が、恐ろしいのです。
 罪深い私でさえも救いを求めてしまうほどにつらく悍ましいこの空白を、誰かに与えること、それこそが、怖くて堪らないんです。
 そんなことをしてはいけないと、人を傷付けてはいけないと…これは、人の幸いを奪い取る行為なのだと…責めるんです。
 しとしと、しとしと、湿った足音が。
 これ以上罪を重ねることが、恐ろしいです。
 これはきっと、償いなどではないと、叱られてしまう。

 …けれど、私は逃げられない。
 人を傷付けることは怖いけど、人を壊してしまうことは怖いけど、それでもやめられない。

 もしかして、最初からそういうつもりだったんでしょうか?
 こうして暗くて狭い部屋に私と誰かを閉じ込めて、私がそうするのをただ待っているのは、私がどうしようもない罪人だから、罪を重ねることこそが罰であると――それ以外の道は無いのだと、認めさせるためなんでしょうか?

 どんなに泣いても、どんなに後悔しても、あの時の私の迂闊さは、愚かしい無知は、無邪気は、希望は、私を罪人たらしめる。
 忘れても、掻き消えても、何も残っていないはずの水面に、私の罪が浮き上がってくるんです。
 罪を忘れることは、浄化ですか?
 なら、この人は、自分が自分であることを忘れてしまえば、罪人ではなくなるのでしょうか?
 見えなくなった罪は、どこに行くんでしょうか?
 私がそれを、背負うんですか?
 どうして、私はただ―――…!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい、ごめんなさい、許されようなんて思っていません。罰の痛みに疑問なんかありません。私は私が擦り切れるまで、壊れてなくなるまで、私が壊してしまったひとたちと同じになるまで、永遠に………」


「……記憶の混濁は、深いです。私は、自分がどうして泣いているのか、その理由もわかりません。何か悲しいことがあったんでしょう。でも、自分が罪人であることは覚えています。

 ですから、何も問題はありません。
 私は永遠に変われない。それだけが確かで、現実で、記憶です。
 苦しいけれど、まだ私は、償わなければいけないから。
 何も問題は、無いのです」

ちがう、それはわたしの幸いじゃない




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