演習の抽選が終わったというのを聞いてはいたけど、隊長が発表するまでは訊かないでおこうと何となく決めていた。
 気になるには気になるので、せめて相手が十一番隊でないことだけでも確認しようかと思ったりもしたが、何だか対戦相手の如何で一喜一憂する自分がひどく小さく思えたのでやめた。
 内心そわそわしながら、表面はいつも通りの仕事をするつもりで隊首室の扉を開く。

 ぱっと目に入ったのは、机が取っ払われて久しい隊首室の床で紙を広げて、それを囲むようにいる隊長、副隊長、三席の上位三名だった。

「……あの、何やってるんです? こんなところで、しかも床で…」
「仮にも上司の部屋を"こんなところ"呼ばわりするのやめてもらっていいスか、普通に傷付くので」
「それは失礼しました。…それで、本当に何やってるんです? 何か会議をするなら、開発局の方の適当な部屋を使った方がいいんじゃないですか」

 ちょっと呆れを含んだ私の問いかけに、妙にやる気に満ちあふれたひよ里ちゃんが声高に答える。

「これからシンジをどうこてんぱんにするかっちゅー作戦会議や!」
「…はい?」

もしも僕を許すなら貴方のことも許してください


 結局演習の対戦相手は五番隊に決まったらしい。
 落ち着かないから演習のことを考えるのはやめようと決意した矢先の情報に思わず洩れた力ない笑いを誤魔化しながら、「乙子サンがそろそろ通りがからないかな〜と念を送ってました」とか意味のわからないことを言う隊長を無視して、ひよ里ちゃんのそばにしゃがみこんだ。

「これ、演習場の地図ですか? いつの間にこんなもの…」
「執務室漁ったら棚の奥から出てきた」
「……あー、確かに十何年か前の演習の時に一回だけ見たことある気がする…」

 何かがさごそやっていると思ったらそういうことだったか。
 それにしても作戦会議って、細かい戦いの指示をするなら参加する隊士皆集めてやった方がはやそうなのに。

 やけに楽しそうなひよ里ちゃんが「こことここ、地雷設置すんねん」と顔を寄せてきた。

「はっ? 地雷!?」
「まだ予定っスよひよ里サン、どんな地雷ができあがるかによって場所が変わりますから」
「待ってまって、待ってくださいよ、何で地雷!? そんな物騒なもの平子隊長にぶつけるんですか!?」

「平子隊長に直撃する前提っスか、面白いな〜」あくまで楽しそうにしている隊長では話にならない。急に襲いかかってきた頭痛に額に手を当てて唸る。
 あくまで戦闘訓練にそんな大がかりなものを出されたら財政的にも良心的にも爆発してしまう。地雷だから爆発とかそういう話ではなく。

「事前に言っておきますけど、演習だからって追加予算が降って湧いたりはしませんよ」
「待って乙子サン、これにはちゃんと理由があるんスよ…」
「そうですか? じゃあ、どうぞ」

 一応話くらいは聞いておこう、と口を閉じて浦原隊長に続きを促す。

「今の十二番隊にとって今回の演習は単なる大がかりな戦闘訓練じゃないんス。新しく技術開発局という付属機関を伴って新生した十二番隊の戦い方がどういうものなのか、それを他の隊に向けて知らしめる場、っていう意味が大きいと考えてます。ウチで開発した製品がどれだけ使えるものなのかを周知して、今よりもっと研究開発の依頼を増やしたいという野望もありますけど、まあそれはできあがったモノによってどうとでも…。
 とにかく、技術開発局がくっついてから余計に敬遠されがちな十二番隊を他所の皆サンに知ってもらうチャンスなんスよ、演習は!」
「…将来性に賭けて今は開発費を多めに出せ、ということですね」
「そう言われると身も蓋も無いなぁ」

 身も蓋も無いって言ったって、先立つものがなければ何も作れない。
 とりあえず、期待のこもった浦原隊長の視線から逃れて、ずっと静かなままの涅さんを見た。

「涅さんは、どう思いますか?」
「何に対してだネ」
「そうですね、色々訊いてみたいことはありますけど…」

 ちら、と床に広げられた地図を俯瞰する。

 浦原隊長の言っていることにも一理、いや七理くらいある。
 『なんかよくわからないけど閉鎖的でオタク気質な組織がくっついた十二番隊』が敬遠されているのは事実だ。それが解消されて、なおかつこれから先の依頼が増えるような手が打てるなら、ここでちょっと無理をしてお金を使っても損ばかりではないだろう。
 依頼が増えればその分報酬もあるわけだし、研究内容によっては特許だったりなんなりで更に手の届く分野が広がるかもしれない。
 問題は、基本好き勝手に興味のある分野でそれぞれ研究を進める局員達が、今回に限って人目を惹くような――所謂万人受けしそうな物を開発できるのか、ということだった。
 演習相手はあくまで五番隊、人死にが出るような洒落にならないものを提示されたら卒倒する自信がある。

「…護廷十三隊はもちろん、果ては貴族様達の関心を惹きそうなモノを、あのクセの強い局員達を取りまとめながら作れるのかな、と」
「――」
「私はあまり開発局側では役に立ちませんし、私はあくまで四席。涅さんが上司ですから。どうですか、副局長?」

 金色の瞳と見つめ合う。
 一拍の間を置いて、涅さんが「フン」と鼻を鳴らした。

「言われるまでも無い。既に承知済みだヨ、私の高度な研究が凡人には到底理解できないことも、この私が凡人達の為にレベルを下げた研究品を用意してやるべきことも」
「わあ、じゃあ大丈夫ですね。人死にが出ない程度なら何やってもいいので」
「ということは……?」

 浦原隊長の視線に答え、人差し指と親指を合わせて丸を作った。
 子供のようにわっと喜んだ隊長を尻目に、手帳を開いてスケジュール帳を見る。

「じゃあさっそくお願いですけど、何作るかの一覧表みたいなものをはやめに出していただけると。必要材料と素材はこちらで用意しますから。あと、人選案もお願いしますね。目を通したら総隊長に提出しておきます」
「こ、心強すぎる…」

 "予算計画、もう一度見直し。がんばれ明日以降の私。"と書き足して、ぱたりと手帳を閉じた。

「地雷できたら試しにシンジ吹っ飛ばしに行こか」
「どんだけ平子隊長爆発させたいの…」


- ナノ -