隊首室に隊長が不在である十二番隊の日常に他の隊の隊士達も慣れてきたらしく、隊首室を素通りして扉を解放したままの執務室にいる私に書類が届くようになった。
 そんな状況を受け入れている私も私だけど、開発局の建物内のどこにいるかわからない隊長を求めて他隊の隊士を魔の巣窟(言い過ぎか)で彷徨わせるのも可哀想だ。
 そう思いながら、机の上に溜まった書類をぺらぺらと確認しながら浦原隊長宛て、ひよ里ちゃん宛て、私でも処理できるもの、と振り分けていく。

 一枚の茶封筒で手が止まった。
 ひくり、と顔を引きつらせ静止した私を隊士の一人が伺う。

「乙子さん、どうしました?」
「また開発局宛てに苦情ですか? それにしては立派な封筒ですね」
「…あっ、いや……大丈夫です、ちょっとびっくりしただけです。いやー、もうそんな季節か…」

 戦闘を職務の一つに数える実働組織ならではのイベントと言うやつだ。腹を括るしかあるまい。
 毎年毎年経験しているはずなのだけど、今年は特に忙しかったから存在そのものを忘れていた。

「ちょっと開発局の方に行ってきます。もし誰か来たら対応お願いしますね」

憎らしい貴方をいつまで憎んでいられるでしょう


「浦原隊長いますかー」

 開発局は扉が多い。
 あちこちで重要だったり危険だったりするものが開発・収容されているので、扉が多いのもやたら部屋が多いのもまあ仕方ないと思うのだけど、施設が広いが故の欠点として人を捜し始めるとなかなか出られないというのがある。
 特に浦原隊長はあちこちをふらふら移動しているのでこれと言った定位置がなく、かと思えば廊下で行き倒れのように眠っている時があるので油断ならない。「廊下で寝るものではありません」と何度言い聞かせたかわからないほどだ。私は母親ではない。

 覗き込んだ室内で私の声に反応した何名かが振り返ってくれたが、あちらこちらでそれぞれの仕事に就いている面々の中に高身長垂れ目行き倒れ男の姿はなかった。
 浦原隊長に倣って十二番隊寄りに仕事をする私を拙い口調で「乙子さん」と呼ぶ局員達が私は好きなのだけど、彼らは性質的に浦原隊長に近いものがあるので、基本的に集中し始めると他人の動向が一切意識から除外されてしまう。
 よって「浦原隊長見ませんでしたか」の問いに対する答えも芳しくない。

「そっかぁ…」
「あ、でもお昼食べてからちょっと机仕事しなきゃって言ってた気がします」
「本当ですか? わ〜やっとまともな目撃情報だぁ」

 ぺこりと頭を下げて沢山ある研究室のうちの一つを後にする。
 浦原隊長専用の、隊首室よりもしっかり機材の揃った研究室。何となく後回しにしていたけれど、そうか、と一人で頷いた。最近は書類もそちらに持ち込んでいるんだなぁ。いっそ隊首室をこっそり物置にしてしまおうか。
 ますます隊首室、もとい十二番隊舎から足が遠のきそうだなと思いながら、封筒片手に最奥に位置する研究室を目指して歩き出した。


 開発局は奥に進むにつれ地下に広がっていく構造になっているので、徐々に窓が少なくなり人工灯の白い光を頼りに無機質な廊下を進んでいくことになる。
 現状あくまで十二番隊の付属機関である技術開発局だけど、こうして死覇装で施設内を歩き回っていると何だか自分が部外者であるような気がしてくるから不思議だ。
 純日本的な風景を保っている十二番隊舎と比べて外装も内装も異なった開発局内を歩くのはやっぱり慣れない。

 明るさと薄暗さが同居する奇妙な空間を黙って進んでいると、やがて練色の髪の後ろ姿が見えてきた。
 長い廊下の向こうにいる隊長羽織に向かって「浦原隊長ー」と声をかける。

「乙子サン。こんな奥に来るなんて珍しいっスね。もしかして捜されてました?」
「大いに捜してました。いえ、別に急ぎじゃないんですけど」

 言いながら開封済みの茶封筒を差し出した。
 頭上にはてなを浮かべた浦原隊長の顔が、中身を見た途端ひくりと引きつる。
 喜ばれたらどうしようなんてちょっと心配していたので、ひとまず考えが一致していそうで安堵の溜め息が出た。

「うわあ、もうそんな季節か……」

 しかも感想まで同じだ。堪えきれずにくすくす笑いながら、懐から取り出した手帳を捲る。

「そうです、演習の季節がやってきましたよ」
「いやだぁ…」
「気持ちは痛いほどわかりますが隊長が演習拒否は笑えないのでやめてくださいね」

 護廷十三隊の主な職務は尸魂界の守護、現世を彷徨う魂魄の保護、虚の退治など。
 十三隊に所属している限りは皆が実働部隊ではあるけれど、瀞霊廷で働く死神達が毎日戦いばかりの日々かと問われれば決してそういうことはなく、特に席官入りをするとよっぽどのことがない限り机仕事が主になってくる。
 鍛錬は各自で行っているものの、隊士達が戦場から離れ、斬魄刀を持っているだけの腑抜けになってしまわないよう、毎年秋頃に各隊同士で戦闘演習を行う慣習があるのだ。
 対戦相手となる隊は毎年ランダムで、総隊長のくじ引きで決まっているなんていう噂もあったりするが真偽は定かではない。

「まあ全員が全員出る訳ではないですから、今のうちに人選とか考えておいていただけると。申請書類とかは私の方で適当に返しておきますので」
「ヨッ頼れる四席! いっそ演習も乙子サン主体でいきましょうよ」
「うふふ、寝言は寝て言うものですよ」
「そっか〜ダメっスかぁ」

 ひよ里ちゃんがいたら間違いなく蹴り飛ばされている発言だ。聞いていたのが私だけだったことに感謝してほしいものである。
 対戦する隊がどこになるかはわからないけれど、ひとまず十一番隊でないことだけを祈っておきたい。あと二番隊も嫌だ。あそこは普通に地の戦闘力が高いから下手を打つと瞬殺される。
 ……みたいなことを考え始めるときりがないので、嫌な方向に舵をきりかけていた思考を頭を振って断ち切った。
 廊下で立ちっぱなしのまま話し続けるのもよくないし用件も済んだから、封筒は隊長に預けて隊舎に戻ることにする。

「そう言えば隊長、この間言っていた研究の納品は間に合いそうですか?」
「納品?」
「え?」
「ん?」
「……」
「……」
「……ハ、ハハハ」

 あ、逃げた。


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