「水月。随分な荷物だな」

 手伝おう、と言って横に並んでくれた彼を見上げて、自然と顔が綻んでしまった。
 浅黒い肌の彼は、十一番隊とはまた違った方向で近寄りがたい九番隊のなかでも比較的紳士で話しやすい。

「ありがとう、東仙くん」
「いや。これはどこに?」
「全部九番隊に」
「…尚更持つよ。貸してくれ」

 言いながら、腕に抱えていた布のほとんどを受け取ってくれた彼に再度お礼を言って歩き出した。
 彼は生まれついての盲目だが、目が見えない分他の感覚が鋭いので人一倍気遣い屋でもある。
 彼は歩きながら「とうとう三角巾取れてしまったんだな。おめでとうと言っていいのかどうか」と小さく笑った。

「なぁに、"取れてしまった"って?」
「いや、水月はいつも仕事のし過ぎだからな。怪我をしろとは言わないが、あれくらいの重しがあった方がいいと思う」
「人のことを仕事中毒みたいに…これでも出勤退勤の時間はちゃんと規則守ってるのに…」
「……」
「な、なんで無視するの? 東仙くん…? おーい、東仙五席……?」

独りで立つことだけを知っていたかった


 事件から一週間と少しが経って、ようやく卯ノ花隊長のお許しのもと三角巾から解放された。
 ずっと動かせなかった右腕は左腕と比べると少し細くなってしまったので、毎日少しずつリハビリと鍛錬を繰り返して少しずつ筋力を取り戻していくことになった。
 そういう思惑もあって体を動かす為に少し外回りをいつもより多くしているのだけど、「それならついでに九番隊までお遣いお願いします」と浦原隊長に持たされた荷物がまあ多いこと多いこと。

 涅さんの超小型観測機が正式に採用されてから、少しずつではあるが技術開発局を信用に足る十二番隊の付属機関と認めてくださる隊が増えた。
 それによって、それぞれの隊が今まで微妙に抱えていた悩みや不便を解消するために開発局へ相談が舞い込み、開発局員達はそれぞれのやりたい研究に加え、相談内容に応じた研究開発――つまり本格的な"お仕事"が必要になったのである。
 これも信頼を勝ち取った結果のありがたい忙しさなのだけど、涅さんなんかは相変わらず「面倒なことだヨ」と嫌な顔をしている。


「失礼します、六車隊長。十二番隊四席、水月です」
「おう、入れ」
「乙子ー! 遊びに来たの!? 何かお菓子持ってる? 甘いの!」
「うぐっ久南副隊長…お久しぶりです…」
「副隊長、一応水月は病み上がりなので体当たりは控えていただけると…」

 こっそり東仙くんが自分の影に移動させてくれたので、ひとまずタックルされた肩を擦りつつ半歩分後退した。脱臼は癖になると言うし、これでまた外れてしまったら元の怪我人扱いに逆戻りだ。
 六車隊長に死覇装の襟を掴まれて放り投げられた久南副隊長の「拳西らんぼー!」という抗議の声を遠くに聞きながら、ひとまず抱えてきた布を大きな執務机に並べる。

「以前ご相談いただいていた、"並大抵のことじゃ破れない強い素材の布"…のサンプルですね。ちょっと内容が漠然としていたので、思いつくものを開発局の方で作らせていただきました」
「お前はやってねえのか?」
「ええはい、私基本は十二番隊側の業務を担当しているので」
「…前から思ってたけどよ、隊長が代わってから益々使いっぱしり感増したよな、お前」
「ぱ、ぱしり…」

 確かに言われてみれば、何かと浦原隊長には外回りのついでにと仕事を追加されるし、一度隊舎の外に出たら二時間帰ってこないなんてざらだ。
 最近は隊士達にまで「水月四席外出るんですか? 今日の食堂の定食メニュー何か確認してきてもらっていいですか?」と言われてしまう始末。
 少々ガラの悪い…ワイルドな見た目をしている六車隊長にまでちょっと引いた眼差しを向けられては自分の最近の行いを省みざるを得ないかもしれない。それはお昼ご飯の時にでもしよう。

 一つ咳ばらいをして、並べた布をそれぞれ指さしていく。

「六車隊長から見て左端からいきますね。用途がよくわからないので防刃素材がまず一番にできあがりました。ポリカーボネート…まあ詳しいことはよくわかりませんが、プラスチック等を縫い合わせて作られています。触ってもらえればわかると思うんですけど、かなり柔らかい素材なので衣服…羽織等にも加工が可能です。刃物に対しては強いですが、爆発や光線は防げません。雷吼炮を撃ちまくって試験もしましたが、全部貫通してしまったので。
 隣のものは普通の布と見た目はほとんど変わらないんですが、引っ張る力には面白いくらい強いです。これも原理はよくわからないので詳細は浦原隊長にお問い合わせいただければと思います。ちなみに試験では局員全員でこの布を使って綱引きしましたが、かなりの強さでした。一枚でも破れずに決着が着くまで持ち堪えていたので、あと特殊加工をすることによって霊力を通すようになります。通すとこの通り、ちょっとした鉄板並みの硬さになりますね。この場合コストも上乗せになりますし、引っ張る力には弱くなるので活用方法は使い方次第かなと思うんですが――」

「あー、水月。もういいぞ」
「え? まだ二種類目ですけど…」
「技術開発局が思ってたよりもずっとトンチキ野郎共の集まりだってこととお前が大分愉快な奴になってるってことしかわからなかった」
「そ、そうですか、それはすいません」

 見上げた六車隊長は顔を顰めてしまっている。

「東仙を捕まえて荷物持ちまでさせてる時点で嫌な予感はしてたが…。表は無えのか、一見して種類がわかるヤツ。お前が話した事以上の文章量で羅列してても驚かねえから」
「本当に驚きませんか? 私が読み返したうえで抜粋してもさっきの説明になるので…」
「いい。時間がある時にじっくり読む」

 こうして外部――主に十二番隊の外を指す――から依頼をいただいたのはこれが初めてなので、ちょっと気合が入りすぎてしまったのかもしれない。
 普段はあまり結束や団結とは縁遠い開発局員達も、浦原隊長指導と焚きつけのもとで何とか全員やる気を出してそれぞれが考えた「強い素材の布」を開発した訳なのだけど、如何せん全員で一人一つ作ってしまったせいで数が多くなってしまったのだ。
 六車隊長困るだろうなぁと初期段階ですでに予想はしていたものの、皆一様に真面目に机に向かって研究をしている姿に水を差すことができなかった。
 それにしたってもう少し加減しなさいよと怒られてはそうですねと頷かざるを得ない数ではあるのだけど。せめて局内で発表会でもして事前に五種類くらいに候補を絞っておくべきだったかもしれない。


「サンプルは置いていきますね。お声がけしていただけたら、今度は荷台でも持って引き取りに来ます」
「別にウチの奴らに持たせても構いやしねえよ」
「いやいやご冗談を、他所の隊士さんを荷物持ちにはできませんよ」
「東仙は違うのか?」

 ぱちり、と瞬きをして律義に私の用件が済むのを待ってくれている東仙くんを見上げる。東仙くんも、マスクの顔をこちらに向けていた。

「うーん…東仙くんはちょっと、他の方とは違いますね」
「お前ら謎に仲良いよな。同期だったか?」
「いえ、そういう訳でもないんですが…」
「何だ、はっきりしねえな」

 東仙くんには、昔結構重要な記憶を失くして困っていたところをこっそり助けてもらった恩がある。そういうこともあって、他所の隊の知り合いではリサちゃんの次くらいに親しい人ではないだろうか、と私は思っている。
 ちなみに単純な職務歴では東仙くんの方が上で、けれど席次では私が上というややこしい関係なので、ちょっと揉めたすえ互いのことは「東仙くん」「水月」と呼ぶこと、と決めたのだった。

「話すとちょっと長いので、この話はまた別の機会と言うことで。久南副隊長にもよろしくお伝えください。これ、行きつけの甘味屋さんのお団子です」
「おう、いつも悪いな。白の奴にも言っとく」

 結局六車隊長に外に投げ飛ばされた久南副隊長は戻ってこなかった。どこかでへそを曲げているんだろうか。
 苦笑いしつつ、九番隊の隊首室を後にした。


「東仙くん、わざわざありがとうございました。さっき東仙くんが扉開けてくれてから気付いたけど、あのまま一人だったら扉開けられなかった」
「水月はそういうところが抜けているからな」

 わざわざ隊舎の出口まで見送ってくれた東仙くんにぺこりと頭を下げると、彼も私を見返して、ふと顎を引いた。
 そよそよ、と穏やかな風が吹き込んで、東仙くんの白い"六車九番隊"の羽織の裾が流れる。

「……少し明るくなったな」
「え? 顔が? そんなに暗い顔してたかな…」
「いや、そうではなく。全体的な雰囲気が、だ」

 楽しいんだな、十二番隊は。
 マスク越しで少しくぐもった声に、私の口角は自然と上がっていく。
 薄く雲のたなびく空の下で微笑むのは、何だか平穏の象徴然としている気がして嬉しかった。

「そうだね。たのしいかも」

 その言葉を最後に、私達は手を振って別れた。
 仕事がまだ残っているから、戻ったらまず浦原隊長に期限が近い書類から署名をもらわなければ。


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