お隣の隊とは少なからず交流があるもので、自隊に何かあった時のバックアップや救援、補助などの役割を頼みやすい関係でいることが望ましい。…と、前任の曳舟隊長に教わったことがある。
 と言ってもそれは隊長同士の交流があり、お互いの隊の特性についてある程度理解が進んでいることが前提であって――実例を出した方が分かりやすいので回りくどい言い方は止めるけれど、十一番隊と十二番隊はあまり良好な関係とは言えない。
 別に十三番隊…浮竹隊長のように朗らかに世間話をしようとは思っていないので、せめていきなり道端で隊士が突っかかってきたり、書類を持って恐る恐る訪ねても隊首室は九割超えて九分九厘まで留守であるのはなんとかしてほしいものだ。隊長が不在な回数が重なればそれだけ何度も足を運ばなければならなくなるし、私達だって暇じゃない。

 "剣八"は先代よりも強ければどんな人格の誰でも務まるのだろうけど、十一番隊隊長はそうじゃない。
 あくまでお仕事の関係すらも放棄されては、もうこちらからはどうしようもないのである。

守れないとしても失いたくはない


 換気の為に開けていた執務室の窓からでも、その下品な怒鳴り声は聞こえてきた。
 何事かと持っていた筆を置いて執務室から顔を出したけれど、私の他に騒ぎの方向へ向かう上位席官の姿は無い。
 このやり場のない怒りのような、怯えのような気持ちは騒ぎの中心が十中八九十一番隊の隊士で、しかも声の発生源は十一番隊ではなく十二番隊隊舎敷地内だと言うのが原因なのだけど、それにしたって。
 上司としてはすぐに駆けつけて何事か起こっている問題を仲裁してあげるのが筋だろうが、生憎私は平均的な背丈と体格をした女隊士で、相手は体と声ばかり大きな戦闘部隊の隊士。普通に怖い。
 本当は浦原隊長あたりにゴーサインを出して浦原隊長が絡まれている間に哀れな隊士を保護してあげるのが理想。しかし周囲に浦原隊長の姿は無い。どうせ開発局の方にいるんだろう。ちなみにひよ里ちゃんは誰よりも喧嘩っ早いので論外だ。

 私と同じように騒ぎのある方向を見遣っていた隊士達が控えめに私を見るので、仕方なく上司としての務めを果たしにいくことにした。


 隊舎と隊舎の間、渡り廊下の近くでは大柄な隊士数名がウチの隊士を囲んでいる。
 嫌だなぁ、近寄りたくないなぁと思いつつも、こちらが最初から怯えていては相手の気を余計大きくしてしまうと経験則で知っているため、普段通りを装って「あの」と声を出した。

「あん?」
「彼は十二番隊の隊士です。ウチの部下が何かしてしまったのなら、代わりに私が話を伺いますが」
「何だテメェ」
「お前知らねえのか、四席だよ、十二番隊の」

 数名は現れた私を見下ろして「あーあまた来やがったよ」という顔、残りは私をそもそも知らないのか、仲間の簡素な説明を受けても怠けた反応だ。また来やがったはこちらの台詞である。
 恐らく新任なのだろう、体の大きなニキビ顔は見るからに小さい私を見下ろして、威圧的に歩み寄ってきた。思わず仰け反りそうになるのを堪えて、じっと眼付きの悪い顔を見上げる。

「テメェんとこの隊長に用があるから呼んで来いって頼んだだけだよ」
「わかったらさっさとあの間抜け面連れて来てくださいよォ、四席」
「成程、それは失礼しました。浦原隊長は今手が離せない用事があるので、代わりに私が話を伺います」
「は?」

 もう一度機械的に繰り返された言葉に、「失礼しました」あたりで完全に勝ちを確信していたゴロツキ共の顔が歪む。
 どちらにしろ浦原隊長は呼んでもすぐには来ないだろうし、本当に隊長に用件があると言うのならこんな複数でガラの悪い警邏をしなくてもいいはずだ。
 とは言え別に意地悪で言った訳ではなかったのだけど、私が見た目だけは一ミリも怯まないからか、それとも隊長の代理が四席では不服なのか、男達は見る見る不機嫌を滲ませていく。

「隊長呼んで来いって言ってんだよ。耳無いのかテメェは?」
「隊長は来られません。私が代わりに伺います」
「だからァ――」
「用件があるのなら此処で、私が伺います。貴方達が囲んでいた彼に落ち度は無かったという認識でよろしいですね? …君、隊舎に戻っていいですよ」

 言いながら、特に喧しい大柄な男を黙って見上げる。
 瀞霊廷最強の戦闘部隊を名乗りながら、その名の通り"強く"在ることもできず、こうして他隊の隊士に威張り散らかして絡むばかりの問題児集団。
 口には出さないが、貴方達がこうして他の隊を訪れても歓迎されないのは器物破損と人的被害ばかりをもたらす乱暴者扱いが定着しているからだからな。少しは日ごろの行いを省みてほしい。

 結局一歩も譲らない私に痺れを切らした隊士の一人が、筋肉なんだか脂肪なんだかわからない太い腕を私の肩に伸ばした。
 それと比べると頼りないほど華奢に見える私の肩を掴み、道を塞いでいる私を退けようとそれなりの力を込めて突き飛ばす。

「…?」

 ……否、私の体は哀れっぽく突き飛ばされることはなく、ただ衝撃を受けて少し上半身が揺れた程度だった。
 私を突き飛ばそうとした隊士は勿論、背後にいる男達の数名は何が起きたのかわからず呆然と私より何倍も大きな隊士を見ている。呆気に取られて、誰もその場から動けないようだ。

 彼らはいつも通りの雑で乱暴な方法を取って私を排除しようとしただけだった。
 風が吹けば紙は簡単に吹き飛ぶし、力を籠めれば小枝は折れる。蹴破れば扉は開く。そういう風に、力なんかでは自分達の足元にも及ばなさそうな私を動かすことなんて容易いと思って。
 ついでに弱いくせに生意気な四席を威圧して帰れれば御の字ってものだろう。

 実際私はびくともせず、逆に呆れに満たされた眼差しを受けた彼らはすぐには反応できなかった。

「もう一度言いますよ、用事は此処で、私が伺います。……紛うことなど許されない護廷十三隊最強の戦闘部隊――彼の"剣八"の下に就いている戦士が、他隊の第四席などに手を挙げようとするんですから、さぞ緊急性の高い重要な用事なのでしょう」




 十一番隊からの用事と言うのは、要約すると「技術開発局からの騒音が時々我慢できないレベルで騒々しいので何とかしてほしい」という、言い方はともかく内容は真っ当な意見だった。
 威圧的かつ喧嘩腰でやってきた彼らの言うことには「それはすいませんでした。隊長に報告したのち迅速に対処させて頂きます」としか答えようが無かったし、そういう用事なら最初から執務室に通してお茶菓子でも出してあげればよかったかな、とほんの少し反省が無くもない。
 まあ、冷静になって考えてみたらあの荒くれもの達を隊舎の奥に上げるのはやっぱり怖いので遠慮したいけれど。


「見かけによらず体幹が強いのだネ」

 若干へろへろになりながら浦原隊長を求めて開発局にやってきた私に、涅さんは一言そう言った。
 まるで独り言のような規模の発音だったけれど、珍しく涅さんが自発的に私に声を掛けてきたとあってはそれを完全に独り言と断じてしまうのはもったいない気がしたので「まあ、それなりに鍛えてますので…」とお茶を濁しながら言葉を考える。

「…て、うん…? 涅さんと顔合わせるの、今日ははじめてですよね?」
「あァ」
「さっきのやり取りを見ていたような口ぶりで…」
「見ていたからネ」
「な、なんでですか………?」

 私の口がもう少し緩かったら、脊髄の指令に従って「ひどい…」と弱弱しい批判を洩らしていたかもしれない。もちろん、見ていたなら助けてほしかったという気持ちの表れだ。
 懐から取り出した手帳に書き込んだばかりのところに"涅さんには見捨てられてたらしい。"と書き加える。
 すると移動式の椅子に逆座りした浦原隊長がキシキシ音を立てながら滑ってやってきた。

「ボクも見てましたよ〜、流石に暴力沙汰になったら止めに入ろうかと思ってましたけど、乙子サン無理無理言う割には十一番隊の相手もできちゃうんスねェ」
「そ、揃いも揃って最低じゃないか…ひよ里ちゃんはどこ行ったんです?」
「ちょっとお遣いに行ってもらってます。それよりさっきの、あれ、鬼道の応用っスか?」
「ああはい…」

 ちょっと想像していたより上司二人が冷酷すぎてそれどころじゃない。やっぱり私の信頼できる上司はひよ里ちゃんだけだ。
 さっきのと言うのは恐らく肩を突き飛ばされた瞬間に私が涼しい顔で堪えていた時のことだろう。
 近くを通りがかった阿近くんを捕まえて小さな頭を撫でながら頷いた。「何すか」「精神的損失を補っています」特に重要な用事があるわけでもないようで、大して問答をすることなく大人しく腕の中に収まってくれた。

「厳密には鬼道じゃないですけど、霊力を一ヵ所に集中させて身体を強化するんです。便利ですよ、さっきみたいに人の心がない上司のせいでリンチに遭いそうになったら身体を守れますし、単純に硬化させた腕を振り回したら鈍器になりますから」
「きっと乙子サンは人よりも霊力の流れを読むのが上手いんスね。しかも細かい調整が苦じゃないんだ。普通の死神が身体の中に流れる霊力を詳細に操作しようと思ったらそんなに上手く行きませんよ」
「これだけは特技だって自負できます」

 体外に霊圧として放出してしまえば鬼道になるが、私の場合体内を巡っている霊力を操作して一時的に皮膚そのものの硬度を上げたり筋肉を硬化させたり、簡単に言えば肉体そのものにブーストをかけられるのである。その分霊力消費もあるので、実戦ではあまり使わない。
 もちろん隊長達は簡単に私と同じようなことができるだろう。

「多分人より少し、自分のことに詳しいんだと思います。常に分析してるので」
「なるほど」

 手帳を初めとして、自分の記録と再認には余念がない。
 頷いて、浦原隊長は「ところで」と振り返る。

「先に霊力の動きに目が行きそうなもんですけど、よく体幹の方に気付きましたね涅サン」
「…普段から頻繁に蹴られているのにも関わらずほとんど姿勢を崩さないところを見ていれば、誰でもそう思うだろう」
「慧眼は慧眼ですけど、それよりもよく乙子サンのこと見てるんスねって言ってるんスよ」

 涅さんの眼差しが氷点下を通り越してもうよくわからない濁り具合を呈している。
 浦原隊長がそうやってちょっかいをかければかけるほど次の日から私への当たりも強くなるので勘弁してほしい。
 どうやら私が涅さんに初見で握手拒否をかまされてから、浦原隊長は私と涅さんが歩み寄りの気配(本当に微弱)を見せるのが面白くて仕方ないらしい。いつか原因不明の爆発に巻き込まれて五回くらい頭を打ってほしいものである。

「別に水月に興味がある訳ではないヨ。単純に監視映像と観測機を通して二画面で様子を見ていただけのこと」
「え? 観測機動いてたんです? どこで?」
「そこで」

 つい、と涅さんの白い指が差した辺りで、急にもぞもぞと小さなものが動き出す。
 死覇装の内側に小さな虫でも入り込んだような衝撃と、以前見せてもらった超小型観測機の試作品の見た目を思い出して身を捩った。
 試運転する時は呼んでくれるって言ったじゃないか!! なんでよりによって私を使って試すんだ!!

「う、うわっやだっ取ってください、阿近くん取って!」
「気付いてなかったんですか…昨日から仕込まれてたのに……」
「えっ昨日から!? 色々訊きたいですけどとにかく取って!! うぞうぞして気持ち悪い!!」
「あらァ気持ち悪いですって、涅サン」
「…」


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