天使の名残が笑う

(赤葦から見た木兎さんとまだ謎多き彼女さんについて)
(付き合って一ヶ月ちょい)
(短い)



 六月某日、体育祭。種目は三年の短距離走へ。
 はじめは自分のクラスの場所でぼんやり観戦していたものの、突然現れた木兎さんに見つかり、それからずっとバレー部の塊のひとりとしてぞろぞろ集まっていく三年を眺めている。
 俺の出場種目である借り物競走はこの次だ。そろそろ隙を見て離れた方がいいかもしれない。

 そう思いながらふとやけに静かになった木兎さんに視線を移すと、木兎さんはじっと一点を見つめている。
 琥珀色の目が一心に注視する先には、数人の女子の集まりが。どうやら彼女達も短距離走に参加するらしい。ということは、三年生だ。
 そのうちの一人が木兎さんの熱視線に気付き、こちらを嫌そうな顔で一瞥してから、のそのそと駆け寄ってきた。

「あの、なんか用なの」
「んや! みょうじ気付けー!と思って見てただけ」
「……あ、そ」

 木兎さんの表情とリアクションでなんとなく察した。多分、いや絶対、この人が噂の木兎さんの彼女だ。

 木兎さんが二年の夏頃からずっと隣の席の女子に片思いをしていたことは、バレー部内ではもはや周知の事実だった。木兎さんが殊勝にも大人しく片思いを続けているなんて、と変な顔をしていた三年の先輩方が一番喜んでいた。
 先月うっかり口が滑って告白してしまったとうるさい照れ方をしながら体育館に滑り込んできた木兎さんを部員全員で囲んだのはまだ記憶に新しい。
 当時の話を聞く限り完全にうっかり口を滑らせた事故ではあったものの、逆に余計なことを考えていなかった分ストレートに気持ちが伝わったのかもしれない。
 そんなこんなで、木兎さんは半年間の片思いに終止符を打ち、晴れて意中の相手の心を掴むことが出来た。

 かく言う俺はその彼女さんを見たことはなく、先輩達が「木兎の勉強面倒見てくれてんだから礼だ! 礼するぞ!」と変なテンションで三年一組に乗り込んでいった時も丁重に辞退した。
 木兎さんのようなスーパースターの彼女になる人なのだから、と勝手に想像だけは膨らませていたけれど、同時になんだか木兎さんの推定初恋にこれ以上見守り隊が増えても可哀想だな、と思っていたからだ。俺なら恥ずか死ぬ。

 そう思っていたのだが、案外その彼女さんは自分からこちら側にやって来たし、想像していたような人でもなかった。いたって普通の女子高生という感じだ。特筆するにしても、少し背が高いかな程度しか挙げられる大きな特徴がない。
 さっぱりした綺麗な顔立ちをしているのに、木兎さんに周りをちょろちょろされているのが心の底から不快なのか思い切り顔を歪めてしまっているので台無しだ。

「みょうじ、こいつ赤葦! 俺の後輩!」
「あ、どうも」
「初めまして。いつも木兎さんがすみ……木兎さんがお世話に………?」
「後輩くんが大変苦労しているのはよくわかった」

 彼女さんが笑うことはなかったが、嫌そうな表情は緩められて無表情に戻った。
 木兎さんと並んでいるから余計にそう感じるのかもしれないけれど、こうして見ていると彼女さんは随分表情に変化がないと言うか、静かだ。
 木兎さんがこの人をずっと好きでい続けたのはほんの少し、意外である。

「ていうかそろそろ行かないと。頼むから走ってる最中に不意打ちとかやめてね」
「不意打ちなんかしねーよ! 頑張れ!」
「あーまー、それなりには」

 そうしてハチマキと高い位置で結んだポニーテールを揺らしながら彼女さんは列へと戻っていった。
 木兎さんはと言うと、彼女さんが列に紛れるのを確認すると同時に溜め息を吐きながらしゃがみ込んでしまった。
 まさか体調でも悪いのかと慌てると、顔を両手で覆った木兎さんは大きく息を吸って「俺最強に幸せだな!?」と叫んだ。いつも通りだった。

「おーおーどうした木兎。赤葦捕まえてまで何してんの」
「あ、木葉さん」
「ちょっと木葉! みょうじ見てるだけで気付いてこっちまで来たぜ!? 意味わかんないんだけど!! 好きィ!!!」
「はいはいよかったな」

 なんだ惚気か。他所でやってくれ。
(title by 天文学)


- ナノ -