きみは宗教、ぼくの信仰

「宮! 倫太郎が1年の女の子に呼び出された!」
「ほう」

 1組の教室に駆け込んできた私の言葉に反応して席を立った宮を見て、同じく近くの机を借りてお昼ご飯を食べていた侑とアランくんが「うげえ」という顔をした。
 なんでバレー部揃ってご飯食べてるのと聞くと「ミーティング的な?」と何故か疑問符のつく形で返された。聞いてるのは私なのに。ミーティングするには人数足りなさすぎるし。

「待てや。なんでサムも行くねん。みょうじが殴り込みに行くならまだしも」
「いや殴り込みもいかんやろ」
「だってみょうじ角名の彼女やろ。修羅場生み出す権利があるやん」
「軽率に修羅場を生み出すな」

 発想がサイコパスな侑と良識的なツッコミをするアランくんには悪いが、別に彼氏の告白現場に乱入する気も修羅場を生み出す気も毛頭ない。
 倫太郎が大変おモテになるのは今に始まったことじゃない。私と付き合う前から、呼び出しは頻繁に受けていたことだろう。本人に聞いたことはないからわからないけれど。

「ツム、わかっとらんな。これから覗きに行くんやで」
「そう……今度こそ倫太郎の浮気現場を押さえて見せる」
「ごめん自分なに言っとるん?」

 困惑した顔の侑と飲んでいたお茶を吹き出したアランくんを笑いながら、宮は私の頭に肘を乗せて凭れかかった。普通に重い。
 「角名の彼女頭イカレてんのか?」「自分何言うとるん?」と2人が顔を見合わせてドン引きしているので、小さく溜め息を吐きながら随分前に宮に説明したことと同じことを説明した。

「私と付き合ってる倫太郎の正気を信じられないから、女の子に呼び出される倫太郎を見守って、心が揺らいでそうなところに私が飛び出して新カップル成立をお祝いしたいという魂胆」
「ちょっと待てや…やっぱ発想がイカレてるやん……」
「なにて? 待って? みょうじお前、角名と別れたいんか?」
「いや、そういうわけではない」
「ますますわからん……」
「つまりな、みょうじは角名が自分と付き合うとるのが信じられへんから、なんとかして角名に振られる前に自分から振りたいんやと」

 ………侑とアランくんの視線が冷たい。というか、信じられないものを見る目だ。きっと彼らは普段から倫太郎と部活やなんやで一緒に過ごすことが多いうえに顔面もハイスペックだから私の気持ちなんてわからないのだ。
 倫太郎には悪いが私は傷付きたくないので、倫太郎に振られて学校中で「あの角名に振られた勘違い野郎」と噂される前に、出来れば円満に別れるか私から振るかしておきたい。

「みょうじ、お前……意外と失礼なやつなんやな……」
「侑には言われたくない」
「というかなんで侑が侑で治は宮やねん」
「宮と先に知り合ったから宮って苗字は宮のものでしょ。侑はただの侑」
「イミフなうえにただの侑ってなんやねん。ただひとりの侑くんやぞ」


***


 一緒に覗きに行くのは宮だけでいいと私は散々言ったのだが、ここまで聞いたら逆に行く末が気になると侑がついてきてしまった。アランくんは「もう聞いていられへん」と教室に残った。
 人気のない旧館の図書室に呼び出された倫太郎と髪の長い女の子を、2人の宮を引き連れた状態で盗み見している。

「……なんで侑まで………」
「なんでって、ワンチャンあの角名がここでみょうじに振られるかもしれへんのやろ? そんなおもろいもん見逃さへんやろ」
「最低やん」
「宮も同じようなこと言ってたけどね」

 背の低い女の子は必死になにを考えているのかわからない顔の倫太郎に向かって思いの丈を吐き出している。

「あの、今日角名先輩を呼び出したのは、その、聞きたいことがあって……」
「なに?」

 その様子を眺めていた侑が「そう言えばあの子ぉ、最近よく練習とか試合とか見に来てたな」と私の頭上で呟いた。
 なるほど、いきなり告白するタイプじゃないんだ。じっくり遠くからずっとあなたを見つめていましたタイプか。
 そんな彼女は顔を赤くして倫太郎に向き直る。

「に、2年のみょうじさんと別れたって本当ですか!?」

 頭上と隣で同時に侑と宮が吹き出した。あまりに私が倫太郎から逃げ回るので定期的に発生する噂だ。倫太郎は若干うんざりした顔になった。

「いや、別れたことはないんだけど」
「そ、そんな…あんなにみんな噂してるのに!?」
「俺達今も付き合ってるよ」
「で、でも………」

 若干罪悪感が刺激される。付き合っているのに、私はほとんど彼女らしいことをしたことがなかった。まあ、そうしないように努めていたから当然なのだけども。

「す、角名先輩は!」
「うん」
「みょうじさんのこと、好きなんですか!?」

 なんかすごいことを聞きだしたぞあの子。
 倫太郎が好きでもないのに私と付き合っているのだとしたら、私はここで切腹するしかなくなるのだけど。介錯は宮に頼もう。
 「ダイタンやな」「つか角名にそれは禁句とちゃうんか」と囁き合っている双子を無視して、図書室の中の音に耳を澄ませる。

「……なまえは可愛いし、勉強は出来ないけど運動神経だけは良いし、…そうだな、俺と比べたらびっくりするくらい手が小っちゃいんだよ。どこ触っても柔らかいし、存在そのものが癒しって感じ。ちらっと目が合っただけで幸せになれるし、出来れば笑ってくれればって思うし――」

 ……以下、延々と私に対する気持ちの羅列。
 あまりにこっぱずかしくて顔を覆った私の頭を「こらこら」と侑が掴んで揺らした。聞いていられない。
 これだから倫太郎から逃げるんだよ私は……。

「………それで、聞きたかったのはそれだけ?」

 あまりの饒舌っぷりに意気消沈してしまったのか、女の子は「あ……はい………」と弱弱しく頷いてその場を後にした。本来予定されていたはずの告白イベントも無しだ。
 倫太郎はそれを見送ってから溜め息を吐くと、「いつまでそこで小さくなってるの?」と明らかに大きな声でこちらに向かって声を掛けてきた。完全にバレている。
 大人しく入口から顔を覗かせると、歩み寄ってきた倫太郎は私の背後で腹を抱えて笑っている宮と侑を見て「げっ」と声を上げた。

「なんで2人もいるの。ていうか近すぎ。離れて」
「おーおー嫉妬か」
「嫉妬なんてもんじゃない。俺があと3ミリ心狭かったら刺してる」
「過激やん」

 床に膝をついている私に手を差し伸べて立たせると、そのまま私を抱え込むように背後からくっついてきた倫太郎にお詫びの意味ですり寄っておく。
 満足げに手の甲で頬を撫でられたので「安心していいよ」の意味で見上げた宮と侑の顔はだいぶげっそりした表情に変わっていた。

「あーはいはい。みょうじ好きなのはわかったて」
「そんだけ好きな彼女に浮気を期待されて隙あらば別れようとされるんってどんな気持ちなん?」
「不思議な感じ。でも面白いし楽しいよ」
「た、楽しいのか…」

 ほんの少し、いや大分驚いた。必死こいて円満な破局(矛盾がすぎる)理由を探している私を、まさか倫太郎が面白がっているとは。確かに怒られたことはなかったけれど。
 自然な流れで繋がれた手を握って見上げた顔は、静かに笑っていた。

「こんなに好きなんだから、簡単に離すわけないじゃん。まあ、わちゃわちゃしながら逃げようとするのを見てるのは面白い」
「狩る側の意見やん……」
「追われるより追う方が楽しい」
「……なんや逆やと思っとったけど、みょうじが大変なんやな…」

 そう。倫太郎はちょっと心配になるくらい私を好きだと言うのだ。
 こんなに蕩けてしまいそうな目で見つめられて、優しい手つきで触れられたら、この人の気が変わって捨てられるのが余計に怖くなるってもんだろう。

「ところで…ひとつ注文。逃げるのも浮気期待するのも俺のこと信じられないのも良いけど、他のやつと徒党組むのはやめてね。俺が追いかけたいのはなまえだけだから」
「……まあ、私は倫太郎が私以外に心揺れた瞬間を激写出来たらいいから、いいけど」
「えー、なんやねん。おもろないなあ」
「見せ物じゃないから。あんまなまえと近すぎると治でも怒るからね」
「ヒェー」

 普段通りだと思ったら意外と3人でくっついて覗き見をしていたことにはお怒りだったらしい。
 こっそり逃げようとしていた侑が首根っこを掴まれるのを眺めながら、小さく合掌した。
(title by 天文学)


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