遊覧飛行ののち落ちてくる君を受け止めるためにここで待っているよ

「ツノ太郎! 見てこれ、すごいでしょ」

 僕の姿を認めた途端に減速してふわりと降りてきた箒に跨るなまえに、口を閉ざしたまま頷いた。降下してきたと言っても高さは僕の目線に合わせているようで、見下ろすことに首が疲れることのない高さで笑うまろい頬がいつもよりも至近距離にあることがむず痒い。

「どうしたんだ、お前に魔法は使えないのだろう」
「エースとデュースとグリムがね、箒に魔法をかけてくれたんだ。今日誕生日だったから。それで、今はひとりで楽しく空のお散歩中」
「それはそれは…、おめでとう、なまえ」
「ありがとう」

 他の学友達は補習で教師に捕まっているのだとか。空を飛ぶのがよほど楽しいのか、そう話しながらもなまえは笑ったままだった。確かに、目線が同じというのは思いのほか良いものかもしれない。
 ただの平凡な人の子であるなまえが僕に追いつくということを想像もしなかったので、いささか不思議な心地でもある。
 人間の歩幅では、僕達にとって瞬きの間に見る白昼夢のような存在にしかなれはしないと思っていた。きっとこれから先もそれは世界の真理には変わりないのだろうが、それでも少し、喜ばしく思う。形だけでも、なまえが僕に追いついたという証明が、この胸の温かさなのだ。

「それで、ツノ太郎に渡したいものがあって」
「ほう、僕に」
「はいこれ。いつもの飴なんだけど」
「ああ」

 小さな手からビニールの袋に包まれた小さな飴を受け取る。空を長く飛んでいたのだろう、微かに触れ合った指先は冷え切っていた。
 今日はなまえの誕生日だと言うのに僕が貰ってしまったと飴を眺めながら言うと、なまえは「必要なものだからね」と笑った。なまえはあまり、与えられることを望まない。
 欲しいものがないのか、と問うとそうでもないと言うが、僕がいくら尋ねてもなまえの言う欲しいものはそこらで簡単に手に入るようなものだ。道端に生えている花だったとしても、引き抜いて土を払い差し出せば、きっとなまえは大層喜ぶことだろう。

「同じものばかりで飽きたりしない? 見た目も味も、きっと変わらないだろうに」
「いいや。これはお前が僕にと集めたものだろう。それを何度も差し出して、僕の力を求めるのは愉快だ」
「そっか」
「どんな形であろうと、お前が僕に献身的なのは良いことだ。それがこの飴ひとつだとしても、健気は可愛らしい」

 なまえの横顔がやわく微笑むのを見届けて、先ほどまでなまえが飛んでいた空を見上げる。
 例えばそう、この献身のすべてが、いつかこの世界を去っていくなまえの遺したものに変わったとしたら、僕はどうするだろう。あるべき場所を目指してこの空を落ちていくなまえの手を、果たして引き留めるだろうか。
 この小さな飴と同じように、そのちっぽけな体と心を差し出してくれと項垂れるだろうか。

「ツノ太郎が嬉しいならよかった。……ちょっと寒くなってきたし、そろそろ行くよ」
「ああ。もう日も暮れるが、お前にとって価値のある良い一日を過ごすといい」
「ありがとう。またね」

 屈強な戦士でもない。優秀な魔法士でもない。けれどもあれは善い人間だ。愛おしい小さな命を尊ぶこの心を、僕はなかったことにはもう出来ない。
 いつかはこの空を落ちて、夢から醒める運命だとしても。

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