空っぽの僕らが愛おしい

※疑似サーヴァント主。fateの知識はなくても読める。
 *クラス・真名不明の混沌・善サーヴァント+依り代一般人=脳みそすっからかん
 *保有スキルは千里眼(B)・対魔力(B)・精神汚染(D+)・戦闘続行(C-)・道具作成(A-)・自己補修(EX)
 *憑依したはずの英霊は世界線を越える段階でどこかに行ってしまったのでエーテル製の肉体と一般人の思考を持ったサーヴァント(偽)
 →つまり人の形した人外



 気が付いたら、いつの間にか知らない廊下に立っていた。
 なんだなんだここはどこだと思いはしたものの、知らない場所で勝手に歩いているのも良くないんじゃないかな、といつもの優柔不断と謎の遠慮が発動して、とりあえずそこで立ち尽くして、一週間。わかったことがあった。どうやら私の姿はこの廊下をたまに行き来する人達には見えていないらしい――というか、私が生きていない可能性が浮上した。
 気が付いたら死んで浮遊霊になっていましたなんて、なんの面白みもない、なんて売れない小説の出だしなんだと頭を抱えたものの、それに反応してくれる人がいないことは一週間で理解した。
 そして更に一週間、飲まず食わず寝ずでもまったく問題ない体であることが判明した。触れられるものは何もない幽霊のような存在であるから、まあお約束展開としてはそうだろうなと思っていたが、いざ自分がそういった反常識的存在であると思い知ると、案外心にダメージを受けるものだ。
 あまりに突拍子もない事実の羅列に頭は思考を放棄したが、だからといってここがどこなのかも私が何なのかも、すべてわからないままで。

 いまいち何も考えられずに、立っていることにも飽きて力を抜いたら浮けることが判明したのでそこらへんをふよふよ漂っていたら、とある部屋の扉が半開きになっていることに気が付いた。
 そっと侵入してみると、中は木で出来ているらしい人形がずらりと並べたてられた状態で、昼間だと言うのに暗すぎる室内の奥では赤毛の男の子が微かな灯りに照らされながらなにやらパーツを削ったり組み合わせたりして作業をしている最中だった。彼にも私は見えていないらしく、一心不乱に細かいパーツをいじってはくっつけて、また削ったりしてくっつけて、と試行錯誤を続けている。
 どうやらそれは人形らしい。
 ぱっと見人間らしい形をしたものもあれば、手足がそれぞれ一対ずつあるだけで顔は異形のものもあった。男の子ってこういうの好きなのかな。デザインに独創性を感じる。
 手を伸ばしてもそれらには触れられないのをいいことに、私は勝手に人形の山を通り抜けてみたり、男の子の手元を至近距離でガン見してみたり。とにかく自由気ままに過ごして、たまに男の子の寝顔を眺めながら、案外幼い顔してるな、いくつなんだろうなと考え事に耽ったり。何にも干渉出来ない私には、それくらいしかすることがなかったのである。

 そんなことをまた一週間繰り返して、そろそろ黙って観察と考察に徹しているのにも疲れてきた頃。
 流石に暇だな、せめてお喋りでも出来たらな、なんて考えていたら、珍しく部屋を出ていた男の子が戻って来た足音が聞こえた。出ていった時もひとりだったし、帰ってくる時もひとりだ。
 そしていつも通り天井近くを漂う私を素通りして作業台に戻るはずの男の子は、部屋に入ってから突然足を止めた。いつも至近距離で見ていた夕焼けを思わせる丸くて大きな瞳が珍しく見開かれ、天井を見上げたままぴくりとも動かない。
 心なしか、視線が合っているような。

「…」
「…」
「……」
「……」

 私を通り越して天井に穴が開きそうなほどの熱視線。じい、と見つめられている。
 男の子はまるで新種の生き物を見つけたように、はたまた幽霊に化かされたように茫然としながら、重力に従って垂れ下がっている私の髪に手を伸ばした。白い、いつも作業台で灯りに照らされている綺麗な手だ。本当に驚いているのか、半開きになっている小さな口が可愛らしい。
 とにかく呆気に取られながらも私の頭からつま先までじっくり観察した彼は、それまで使っているところを見たことのなかった喉を微かに震わせて、一言呟いた。

「………………かみさま?」

 夢を見ているような呟きに、それまで特に心動かされることのなかった私も思わず吹き出してしまった。

「そういうんじゃないです」

 そう返しながら天井から降りてきた私に、今度こそ彼は手を伸ばして触れた。



 男の子はサソリくんと言って、人形もとい傀儡を作ることがお仕事らしい。まだ若いのに沢山頼られているのはすごいねえと馬鹿みたいに頷いた私を、彼は馬鹿なんだなと一言罵倒した。
 口数が少ないサソリくんだが、ここにきて初めて私が視認出来てかつ意思疎通の出来る人と出会った私は嬉しくて、沢山サソリくんに話しかけた。よくわかっていない自分のことも聞かれていないけれど沢山話した。どうやら私は人間ではないらしいこと、飲食の一切を必要としないこと、自分の名前以外は思い出せないけれどサソリくんが私を見つけてからは話し相手がいて楽しいこと。
 サソリくんは基本的に返事をしなかったけれど、私が人ではないらしいと伝えた時には、ほんの少しだけ興味を示してくれた。

「人じゃないならお前は何なんだ?」
「さあ……わかればいいんだけど、自分で自分の体を調べても何もわからないから」
「ふうん………」

 サソリくんと話すようになってから、私は霊体化と実体化のオンオフの切り替えが出来るようになっていた。
 サソリくんが傍らに浮いている私に手を伸ばすので、実体化して頬を差し出すと、サソリくんの冷たい指先がそっと頬をなぞって、それから腕を掴まれた。

「例えば、この腕を今もいだとしたらお前はどうなるんだろうな」
「ちょっと怖いこと言わないでよ……ねえ待って、その手に持ったクナイは一体」
「そらっ」
「ぎゃーーーーーー!!」

 完全に油断していた私の右腕は嫌な音を立ててせっせと切断された。叫ぶと同時に霊体化したので私の断末魔は部屋に響くことはなかったけれど、サソリくんは自分でやったくせにうるせえと顔をしかめた。酷い、酷すぎる。
 切り取られた私の腕は、サソリくんの手の中で砂のように消えてしまった。同時に私の腕も元に戻る。私の人外レベルがいよいよ上がってきた気がする。サソリくんは再び実体化した私の右腕が寸分違わず再生していることを確認すると、もう一度私の手をとってしげしげと眺める。

「………すげえな。壊れることも劣化することもない、永遠の形だ」
「永遠かどうかは……もしかしたら限界があるのかも」
「試してみないことにはそれもわからねえが…」

 顔を上げたサソリくんの頬は赤くなっている。まるで、欲しかったオモチャを与えられた子供のような顔だ。こんなに嬉しそうなサソリくんは初めて見る。

「永遠の美が、ここにあったんだ!」

 そう言って私の手を握ったサソリくんに再び腕をもがれてはたまらないので、私は地面に足をつけることをやめてサソリくんの手がギリギリ届かない高さで浮遊することにした。
(title by 天文学)


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