おなじ音を持つ異形
「みょうじ、お仕事ー」「なん?」
「我らが期待の星がようやくステージ発表を思い出したらしい」
「おお、やっと」
ステージチームリーダーたる洋ちゃんの背後から私を窺い見る期待の星こと影山くんに食べていたポッキーを差し出すと、おずおずとだが受け取ってもらえた。
あまり喋ったことはなかったのでなんとなく野生動物を相手にする気構えで、とりあえずそこそこ人馴れはしているんだな。
「いやー待ってたよ影山くん。もう部活動停止文化祭準備期間で明後日本番だけど」
「衣装はさっき聞いたけど用意出来そう。問題は振りだ」
「任しとけ〜」
という感じで始まった影山飛雄集中レッスン。
顔面に「?」を浮かべた本人を置き去りにトントン進んだダンス練習の話は、クラスメイト達が体育館で全体の位置合わせやリハーサルをしている間に私と影山くんで個人練習…のちに合流という形に落ち着いた。
そわそわしている影山くんを背後に従えてざわめきに溢れる廊下をどんどん進んでいく。
適当な空き教室に入って扉を閉めると、影山くんは丁寧にも「たのむ」と頭を下げてくれた。
意外の嵐なんだが、影山くんってちゃんとコミュニケーション取れるタイプの人だったんだな。
「一応聞くけど、影山くん自分でダンスのセンスあると思う?経験ある?」
「ない」
「潔くていいね、じゃさっそくやろう」
持っていたCDプレーヤーを床に置いて電源を入れる。
これから練習するのは洋楽と韓流アイドルの曲。フルで踊るわけではないが、そこそこの長さがある。
果たして3日間でどれだけ仕上げられるか…。
「今回影山くんが踊るのは2曲なんだけど、まず曲聞いてもらうね。それから踊ろう。1曲目は私の趣味で入れてもらったやつだから聞いたことないと思う」
「おう」
2人でしゃがみ込んで約3分、編集済みの音源を流す。
影山くんは真剣に音に耳を傾けているようで、とりあえずやる気はしっかりあるらしい。
そこそこの完成度でいいかと思っていたけど、本人にやる気があるなら私もしっかり教えてあげないとな。
「…遠目で見て先輩達が感心するレベルには仕上げるからね」
「おう」
「…じゃ、やろう」
まず私が一通り踊って振りを見せる。
影山くんは黙って私を見ていたが、何度も足まで視線が降りて、そして慌てて床を凝視する。
一体何を見ているのかなと私も目線を下げて、そして自分のスカートに目が向いて、そして合点がいった。
結構激しい動きをするものだから、そこそこ短いスカートが翻って中が見えそうになっている。
影山くんもそういうの気にするんだな。なんか意外だな。面白いな。ターンをしながら少しだけ口元がにやけた。
「おっおい、スカート、中身、あぶない…」
「安心したまえ影山くん」
「な、なにがだよ」
「中にも履いておる」
意を決して私を止めようとする影山くんに応えて曲の合間にスカートをめくり上げると、影山くんは「ウワーーーッ」と叫んで崩れ落ちた。なんだか私がいじめっ子みたいだ。
けれど、スカートの中にはしっかりジャージの短パンを履いているし、なんならニーハイも履いているので露出面積はほとんどない。恥ずかしさもない。
女子には「美脚アピールやめろー」と窘められるだけだが、男子は叫んだり調子に乗ったり写真を撮ったりとリアクションが多種多様で面白い。
「な、なに考えてんだ!! おま、みょうじ!!」
「別に減るもんじゃないし。気になるならスカート脱ぐけど」
「や、やめろボゲェ!!」
「一体どうすれば…」
怒り出した影山くんを宥め、手を引っ張って立たせる。
本当に緊張というか焦っていたのか、大きな手のひらは少し湿っていて熱かった。女子という生き物に免疫がないのだろうか。
影山くんの横に立って、音楽を少しずつ流しながら振り付けを教え込んでいく。動きは硬いけれど、覚えが悪いわけではなかった。
いいね、と言うと影山くんは無表情で私を数秒見つめた後、やっぱり黙って頷いた。
そうして1曲目が終わった頃、汗だくになった私達は一度休憩をしようと窓を開け放って床に倒れ込んだ。
影山くんは振り付けの情報過多具合でショートして完全に伸びている。
きっとあのバレー馬鹿の影山くんとふたりっきりなんてシュチュエーションは、文化祭とかいう非日常的な状況じゃなければ発生しないイベントだろう。
気があるないは関係なしに、レアだからとりあえず堪能しておかなければ。
聞くところによると影山くんはとんでもなくバレーが上手いらしいし、土俵の違う私が彼と一緒に何かをするなんてきっともうないだろうから。
「…影山くんはプロになるの?」
「………ああ」
「へー。じゃあサインとか後でもらっとこう」
「みょうじは?」
意外に素早く切り返してきた影山くんに驚いて、黙ってしまう。
これから影山くんに質問攻めをして未来のプロの基本情報を押さえておこうと思ったのに、まさか影山くんから質問がくるとは。
まあ大した関わりもなかったし、多少は話したことのなかったクラスメイトに興味が湧いたのかな。
「私か。……わかんね、飽きてなかったらなってるかもね」
「飽きるとかあるのか」
「あるある。私飽き性なのよ。熱しやすくて冷めやすいってやつ」
ふん、だがほお、だかわからない適当な相槌を打って、それきり影山くんは黙ってしまった。自分から聞いてきたくせにそんなことある?
私もなんだか面倒になって黙った。クラスが変わればきっともう話すこともないか細い縁だ。
「さー、続きやろうか。時間は有限だ」
「…おう」
ごろりと寝そべったまま首だけで影山くんを見ると、案外顔が近かったことに気が付く。というかガン見されていたらしい。
端正な顔が眼前に迫っていて、思わず身を引いてのけぞった。
「な………なに、どうした」
「まつ毛が長いと思った」
「……へえ…」
めっちゃどうでもいいな。長いまつ毛が興味深いなら自分の顔見てればいいと思うよ。
という気持ちは飲み込んで、なんとか立ち上がりCDプレーヤーをいじる。
同じく立ち上がった影山くんはやっぱり私の顔をガン見していて居心地の悪さを覚えた私だったが、何というか互いにアホなので、その気持ちさえも忘れて再び日が暮れるまで踊り狂い、本番は結局キレキレのダンスを披露した影山くんの元に部活の仲間が殺到するというオチを迎えた。
私はクラスメイト達によくやったと肩を叩かれ、そのうちの数人にはよくぞあのバレー馬鹿を教育したもんだとお菓子を献上された。
最初で最後の仕事だったけど、案外楽しかったかもしれない、文化祭。
(title by エナメル)