何度目かの怖い夢

泥まみれ心中のあったもしれない数年後・野坂さんは子供がほしい(意味深)




「……ちゃん、…なまえちゃん」

強めに肩を揺すられて渋々目を開ける。
少し眉を下げてこちらを覗き込む灰色の目を見つめて沈黙する。状況が飲み込めなかったのだ。

「魘されていたんだ」
「……うぅ」
「大丈夫かい?」
「…」

ベッドに腰掛けて覆い被さるように私の耳元で手をついた顔をまじまじと眺める。元々凛々しかった顔つきはより精悍に、幼かった体は大人のものに。
私の知っている野坂悠馬が理想の年の重ね方をした感じの男が、私を見ている。

「……ゆうま、?」
「うん?」
「……………な、なんかかっこよくなったね…?」
「おや」

悠馬はきょとりと瞬きをして、笑みで口元を歪めた。ああ、この昏い微笑みは知っている。これは悠馬だ。
私を引き摺り込むような笑顔は、まるで私をこの世のすべてとでも言うような手つきで撫でた。

「今日のなまえちゃんは何だか可愛いね」
「か、かわ…?」
「今日はご機嫌なのかな」
「ご……?」

何だかおかしいぞ、悠馬はこんなに人間的ではなかったはずだ。
私の困惑顔を見てなお笑う悠馬の手はゆっくりと私の腹部に移動した。服の上から、そっと、まるで"胎の中になにかあるかのよう"に。金縛りにあったように体が動かない。

「…今度はちゃんと、出来ているといいね」

呼吸が上手く出来ない。何かを思い出したような気がする。けれどそれ以上に、体が悠馬に対する拒否感で言うことを聞かない。
ゆっくりと、私の胎を慈しむように眺めた後、私の胸に頭を預けて悠馬は目を閉じた。

「もう勝手に階段から落ちたりしちゃ駄目だよ、なまえちゃん」




胸の痛みで目が覚めた。どうやら上手く息をしていなかったらしい。しかも泣いていたのか、喉がひりつくように痛い。
ぼろぼろと重力に従って溢れる涙もそのままに、飛び起きて腹を触る。あの触れられた感覚が夢であると自分で納得出来るまで、冷静になれる自信がなかった。私の胎内には"何もいない"。それが現実だ。

「…ひっ……う、う………」

やけにリアルな夢だった。認めよう、私はあれが今までに見た夢の中で一番怖かった。
この歳で夢が怖くて泣くなんて、というちんけなプライドも投げ打って、私の胎に"何もいない"安心感に咽び泣いた。
そして死んだ方がましだ、と思った。悠馬に胎を暴かれるくらいなら、いっそ死んでしまった方がましだと。
明確な理由なんてわからない。別に悠馬が好きなわけではないけれど、だからと言って嫌いなわけでもない。けれど、死んでしまった方が苦しみが少なくて済むと思ってしまう程度には、私はそれを恐れているらしかった。
ああ、もしかしたらあり得たかもしれない未来の私よ。どうかお前が野坂悠馬という呪いに侵し尽くされませんように。

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