夏の少年と棺のような青い屋根

※幼少




「はーあっつ…」
「お、おじゃまします…」
「そんなんいいよ、誰もいないんだから」

ぽてぽてと靴を脱いでフローリングを踏んだ小さな体を見下ろしてから、頬を伝う汗を拭ってよしと意気込む。このクソ暑い中で火を使って料理をするのは大分キツいものがある。

「アイス冷凍庫入れとくから、飯食ったら食べよ」
「…うん」
「じゃあそこら辺座ってて、作るから」

そこら辺、と曖昧な言い方をしたのが悪かったらしい。服の胸元を握り締めながらうろうろと目線を彷徨わせる姿を見て、キッチンに一度引っ込んだものの「そこのソファ座ってて」と再度言い直すことになった。
こうして我が家で誰にも内緒に飯を食べる習慣が始まってからしばらく経つけれど、未だにこの子供は遠慮をやめることを知らない。私もまだ子供だけども。

「そこの窓開けといて、悠馬」
「う、うん」

無事カラカラと窓を開けた小さな背中を見届けて、私もキャベツと豚肉を切り始めた。
このクソ暑い中作るのは炒飯。我ながら炒飯の神に愛されていると思う。親にも「これは小学生の作る炒飯じゃない」と言わしめる、キャベツと豚肉と卵を炒めて入れる塩炒飯。
悠馬は何を食べたいとかそういうことも私には言わないから、私は毎度飽きもせず炒飯を作る。
私自身も学校のクラブに入っているし、疲れている時もあるけれど、これだけは絶対に欠かさないと決めている習慣だ。

悠馬は近所に住んでいる子だ、多分。多分というのは、悠馬の家を見たことがないから。苗字も知らない。
そして多分、家が少し、いや大分他とは違う。それもネガティブな方向に。詳しくは聞いていないけれど、きっとそのせいで悠馬は私よりいくつも年下のくせに静かで、いつも何かにびくびくしている。大体公園に1人でいるから、学校が終わった後私が迎えにいって、そのままうちで何か食べてから公園まで戻って、そこで別れる。
声をかけたきっかけなんて些細なものだったけれど、もう私は悠馬が怪我をしたり傷付いたりしているのは嫌だなあとぼんやり考えるくらいには悠馬を身近に感じていた。


「…はい、出来た」

止まらない汗にイライラしながらも湯気の立つ熱い炒飯の皿をテーブルに置くと、悠馬は大人しくスプーンを持って黙々と食べ始めた。
私はその向かいに座って宿題を始める。夏休みはクソだ。クラブが沢山あるのはいいけど昼で終わってしまうし、宿題が沢山出る。

「なまえ、ちゃん…」
「ん?」
「ぼく、…ぼく、おかあさんにすてられちゃうのかも」
「なんで?」
「ぼ、ぼくがぜんぶ、ぜんぶじょうずにできないから」
「ふうん」

悠馬の話を聞きながら適当に相槌を打つ。聞いていないわけではないけど、それより宿題が終わらないことに危機感を抱いていた。

「…ぼく、いらないこだったのかなあ…」
「…悠馬がもううちにいたらいいじゃん、ずっと」
「えっ」
「え」

悠馬があまりにびっくりした声を上げるものだから私も顔を上げると、普段虚ろな目に涙を溜めて、一杯に見開いていた。泣いているなんて思っていなかったので、鉛筆も手放して悠馬の隣に移動した。

「どうした、なんで泣くの」
「ぼく、ぼくずっと、ずっとなまえちゃんといっしょにいたい…」
「いたらいいじゃん、別にいいよ。私だって悠馬のことすきだよ」

その言葉を聞いて、悠馬はまたびっくりしたように目を瞬かせて、どこか諦めたように、でも幸せそうに微笑んだ。

「ぼくも、なまえちゃんがすき」


その日を境に、悠馬がいつもの公園に現れることはなくなった。もしかして本当にお母さんに捨てられちゃったのかなと心配になったけれど、そもそも私は悠馬の家すら知らない。何も出来なかった。
何も出来ない代わりにせめて忘れないように、最後に悠馬と炒飯とアイスを食べた日を悠馬の日にして、毎年カレンダーに書き込んで思い出している。

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