ふたりぼっちサテライト

※n巡目の第五次聖杯戦争



「しっ、失恋したあ」
「あ゛あ゛!?」
「女の戦いに敗れたんだよ!!何度も言わせんな難聴か!!!」
「イッテェなオイコラ!!」

屈強なインドの戦士にとったら私の渾身のグーパンもきっと本当は痛くも痒くもないんだろうけど、アシュヴァッターマンの痛がる素振りで少しだけ落ち着きを取り戻せた。
冷静になったら今度は泣けてきた。ぶるぶる震える私を見て流石のアシュヴァッターマンも怒鳴る気はなくなったようだ。

「私なんて女としては遠坂の足元にも及ばないんだ…わかってたけどさ…」
「な、なんだよ、急に静かになるなよ」
「でも、でも私だって、ちゃんと、え、衛宮のこと好きだったんだよお」
「泣いてんのか!?な、泣くな!!」
「うるせえ〜〜」

ずっと好きだった。遠坂があいつと出会うずっとずっと前から。でもやっぱり、遠坂と私じゃどうしたって遠坂に軍配があがる。だって遠坂は可愛い。それに努力家で、非の打ち所なんてたまにするドジしかない。それも含めて魅力として完成してしまっているから、遠坂は完璧なのだ。
それに比べて私といったら、魔術の勉強を言い訳に女としての自分磨きなんてしてこなかったし、冬場なんて人目も憚らず制服の下にジャージを履くような女だ。そして最悪のステータス、主人公の幼馴染枠で最初から女として見られていないパターン。生まれから完敗にもほどがある。

「うう、もうこんなのあんまりだ、こうなったら絶対聖杯戦争だけは勝ってやる…!!」
「お、おォ」
「衛宮はフルボッコ、絶対にだ…!」
「そこはトオサカじゃねェのかよ」
「遠坂に関しては完全に私の逆恨みだもん…」

ソファに寝転ぶとアシュヴァッターマンは溜め息を吐いて床にどかりと座り込んだ。
そうだ、遠坂は悪くない。悪いのは、衛宮に見てもらう努力をしてこなかった私と、目の前に現れた美少女にホイホイと釣られた衛宮。いや、これワンチャン衛宮も逆恨みだな…?

「まあいいのさ、これで未練なく戦争に集中出来る」
「…おいマスター」
「あん?」
「あいつじゃなきゃ駄目なのか」
「あいつ?衛宮のこと?」
「そうだ。…お前の怒りを受けるのは、あいつじゃなきゃ駄目か」

上半身だけ起こしてアシュヴァッターマンを見る。アシュヴァッターマンは私を見ているわけではなく、ぼんやりとカーテンの揺れる窓を見ている。
怒り。アシュヴァッターマンにとってそれは大事で無二の感情だ。それにしたって、自分の怒りじゃなく他人の怒り、しかもその矛先を気にするなんて、出会ってまだ長くはないけれど、彼にしては意外だ。

「駄目って言うか、衛宮に恋して敗れたんだから衛宮に逆恨みするのが筋じゃない…?逆恨みに筋もクソもないけどさ」
「違ェ、そんな話してるんじゃねェよ!」
「エッごめん言ってることがわかんない…」
「だからよォ!!」

急に動き出したアシュヴァッターマンに胸倉を掴まれて、慌ててソファに肘をついて上体を起こす。そのままにしておいたら、服だけ持ち上げられて首が絞まる。
アシュヴァッターマンは怒っていてもその実冷静であることが多いから、きっと私が窒息する前に離してくれそうだけど。

「お前の妬みも、憎しみも、悲しみも恋も恨みも、怒りあいも、何もかも!!俺が受け止めるンじゃ不満かって聞いてんだよ!!!」
「ふ、不満って言うか相手が違うでしょ!?何言ってんのアンタは!!」

釣られて反射的に怒鳴ってしまったけど、こいつは何を言っているんだ?こんな感じの展開、この前のドラマで見たぞ…?
事態を理解してじわじわ顔が赤くなっていく私を満足げに眺めながら、アシュヴァッターマンは私の服から手を離してソファに落とした。「やっと理解したか」じゃない。

「だっ大体アンタサーヴァント!私は人間!!聖杯戦争が終わったらアンタは退去するじゃんか!」
「勝って受肉する。これなら文句ねェだろ」
「じゅ、じゅにく…!?」

とんでもないこと言い出したぞ。聖杯戦争で勝つだけでもとんでもないことなのに、更に聖杯に受肉まで願うなんて。その重大性を理解するごとに顔が赤くなっていく。だって、そんな。

「セイバーのマスターに怒るのはやめろ。怒りは情熱だ。それは俺に向ければいい」
「ほ、本気で言ってんの…!!?」
「当たり前だ」

いつも眉を吊り上げて怒っているアシュヴァッターマンは、インドの大英雄は、静かなままで私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて立ち上がる。

「そうと決まればさっさと勝つぞ!!セイバーだろうと何だろうとブッ殺してやる!!」
「いや、待って待って…ついていけない待って…」

そのまま私を引き摺って夜の街に繰り出したアシュヴァッターマンは、言葉通りその後3日間で他のサーヴァントを圧倒し、本当に聖杯戦争に勝ってしまった。
そしてこの先、受肉という願いを叶えて私が死ぬまで傍にいると言い出したアシュヴァッターマンと、逃げる私が冬木町の名物になるということを私は知らない。

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