YOU ARE ALONE:FIGHTER

弔は変わってしまった。
反抗的で、心だけ子供のままで、けれどいい子だったあの子は、まるであの人に成り代わるかのように変わってしまった。もう、わたしにむかって悪態を吐いたり、突っぱねたりすることもほとんどなくなった。
弔は弔のままでいいのだと、あの人に何を言われたとしても貴方のままでいい、わたしは何者でもない貴方が好きなのだと伝えた時の、あの爛々と鈍く光る目は、今は監獄にいるあの人そのものだった。


「あら、弔。どうしたの、もう夜遅いわよ」
「もうこの時間に起きてて驚かれる年じゃねえよ」

昔、まだ弔の頭がわたしの腰辺りだった頃と同じ言葉だ。思わず顔が緩んだ。弔は覚えているのだろうか。
何をするでもなく深夜を過ごすものだから、思わず声を掛けたわたしに弔は今と同じことを言ったのだ。子供特有の柔らかい頬を少しだけ膨らませて、ふてくされるように弔は、同じことを。

「なあに、眠れなかったの?」
「なまえは」
「ん?」
「なまえはどうして起きてんの」
「…大人だからよ」
「俺だってもう大人だぜ」

ぎし、と弔が一歩踏み出した床が軋んだ。
あの人もそうだったけれど、この子も大概家族という生き物に対する知識が乏しい。出来る限りのことは教えてきたつもりだったけれど、こんな基礎の基礎を教えていなかったのか、わたしは。

「わたしからしたら貴方はいつまでたっても子供よ。わたしの子供」

馬鹿にしているわけじゃない。親からしたら子供はどれだけ年を重ねようが子供で、それは死んでも変わらない事実だ。子供のいないわたしがこんなことを考えているのも、少し変な感じがするけれど。

「だから、弔がいくつになっても夜更かししてたら心配だし、ご飯食べてなくても心配」
「…あー」
「ホットミルク作りましょうね、はちみつ入れて。そこ座って待ってて」
「あーもうわかった、わかった」

面倒そうにわざと大きな音を立ててソファに座った弔の横顔を見て少しだけ笑う。何だか少しだけ、今の弔はいつもの弔に戻ったようだ。
小さな鍋に牛乳を注いで火にかけた。弔はカーテンの閉まった窓の方を向きながら、恐る恐ると言う風にわたしに問いかける。

「……なまえをここから出したらさ、先生怒るかな」
「わたしの意見よりあの人の反応なの?失礼しちゃうわ」
「別になまえが怒っても怖くねえもん」

そんなことないわよ、といいかけて、弔の表情を見て絶句した。
波のない声音とは対照的に、今にも唇に歯を突き立てそうな、恨めしそうな、悔しそうな顔をしている。

「マグネが死んだ」
「……それは、…どうして」
「死穢八斎會の奴だ、絶滅危惧種の任侠者だよ。Mr.コンプレスも片腕を持っていかれた」
「…」

死穢八斎會。ここから出ないわたしには聞いたこともない名前だ。
コンロの火を止めて2つのマグカップに牛乳を注ぐ。黄金色のはちみつをとろりと溶かし入れる時には、弔は立ち上がってわたしのすぐそばまで来ていた。

「あいつはなまえを寄越せって言ってきたよ」
「…わたしか〜」
「先生がずっと大事に閉じ込めてきたから、ずっと目はつけられていたんだろ。信頼の証だとかでここぞとばかりに手伸ばしてきやがった」

言葉は何だっていいんだ、と俯いたままの弔の人差し指がわたしの手をつつく。
これは困ったなあ。他人事のように弔の言葉を頭の中で転がしながらも、監獄の中のあの人を思い返していた。
わたしがもし、ここから出たら。

「わたしがここから出て弔の助けになれるなら、まあ、…わたしはいいかな」
「俺がよくない。先生も絶対よくない」
「弔はともかくあの人は知らないわよ。もうわたしの役目は終わってるもの」

わたし達の感情は別として、あの人の最期を見届ける役目は終わった。
愛していても、どうせ監視されながらにやにやしているであろうあの人よりは弔の為になることをした方がいいに決まっている。

「大丈夫よ。弔がいてくれればわたし頑張れるし、何かあってもわたしは死なないから」
「何かなんてない。死ぬようなことはさせない」
「…なんだ、もう決まってるじゃないの」

もうわたしをここから出すことは決まっていたんだろう。ますますあの人に似てきている。
決断も済んでいるというのに、まるで機嫌を取るように、最後にわたしに背を押させるように、彼らはわたしのところに来るのだ。
弔はきっと、あの人とは違ってまだ迷いがあるからわたしのところに来たのだろう。わたしから「それで大丈夫」と聞きたくて。

「…わたしもう、何があっても平気よ」
「…」
「弔、わたしを上手く使いなさい」

酷なことを言っているのかもしれない。
わたしは弔を家族として愛しているし、弔もわたしに対して情がある。あの人と同じように、突き放すようなことをしているのかもしれない。

「苦しい中でだって、わたしはきっと上手くやれるわ」

ただの言い訳だ。
あの人とのうつくしい思い出を上書きしたくなくて、もう誰にも触れてほしくないから逃げようとしているだけだ。弔もそれに気付いているかもしれない。
弔の手はわたしの指を離さない。わたし達を繋ぐそれが、わたし達の気持ちそのものだ。

- ナノ -