低体温にすべてを奪われたのだ

久し振りに3人で飲もうと言われて、誘ったくせに一向に来ない言い出しっぺプラスワンを待っていたら思ったより沢山飲んでしまっていた。
アルコールが回ってふわふわする頭は昔を懐かしむにはちょうど良い。
やっぱりヒーローは忙しいんだなあ、相澤はともかく山田はそういう集合時間は守るもんなあと思いながらそろそろ底をつくだろう枝豆に手を伸ばした時、個室の襖が無遠慮に開けられた。

「お、相澤じゃーん。お疲れ〜」
「お疲れ」
「てか山田まだなの?言い出しっぺのくせに」
「知らん」

修行僧かと言うくらい少ない荷物(偏見かもしれない)でやってきたそいつは、高校で出会った時と比べてやはり少し老けたように思う。ヒーローも時の流れには逆らえないか。
ドライアイは相変わらずのようで、思わず吹き出すと血走っているじとりとした目に睨まれた。
お前らが遅いせいでもう正常な判断もつかないのだ、責任取って飲んだくれの相手はしろよな。

「相澤も山田もヒーローだもんなあ。いやあ、立派になったもんだ…」
「お前は俺達の何なんだよ」
「もはや母親目線」
「お前に育てられた覚えはねえ」
「奇遇〜私も育てた覚えない〜」
「あ、とりあえずビールで」
「じゃあ私もビール追加、とたこわさ」
「まだ飲むのか」
「山田来てないし散々待たされたから飲む〜」

相澤には白い目で見られたけど、まだそんなに飲んでいないと声を大にして言いたい。ジョッキ5杯目はまだまだいける。
世話はしないからなという台詞は毎度のことで、何だかんだ言って相澤は潰れた私を家まで送ってくれる。ヒーローなだけあって根はいい奴なのだ。絶対見た目で損してるところある。

「相澤はいい人見つかった?そろそろ結婚考えないと時は待ってくれないぞー」
「お前には言われたくない」
「昔から相澤は無愛想だもんなー、女の子怖がって近付いて来ないんじゃないの?」
「うるさい」
「図星〜」

けらけらご機嫌になっていく私と反比例するように、相澤は酒を煽って私を睨みつけた。空きっ腹に酒は酔いが回りやすいぞ。
酔ってもあまり顔に出ないし、相澤は飲ませても飲ませてもリアクションが変わらないから面白くないんだよなあ。

「…というか」
「ん?」
「俺達結婚してなかったのか」
「ししししてねえわ記憶まで抹消したんか」

面白くないとか言ってすいませんでした。一周回って怖いです。
妙に真面目な顔で頓珍漢なことを言い出すものだから、持っていたジョッキを奪って代わりに残り少ない枝豆を差し出した。
そんな酔い方するの?ていうか酔いが回るの早いにも程があるよ?

「なんかあったなら話聞く…よ…?」
「別に何もねえよ」
「ほら、いつもの合理主義はどうしたの?そういう冗談合理的じゃないよ?」
「合理不合理関係ない」
「アッハイ」

虚ろな目で明後日の方向を見ている相澤はさながらホラー映画に出てくる幽霊のようだ。目が虚ろなのはいつものことなんだけど、言っていることがことなだけに怖すぎる。旧友の突然のトンデモ発言に驚きを隠せない。

「大体いつもお前のそばにいるのは俺かマイクなのに何で他の奴に流れていくんだよ…おかしいだろ…」
「な、何言ってんのかわかんないですね」
「一般人の交友関係なんか把握しようがないし学生の頃みたいに簡単に集まれるもんでもないし…」
「まあそりゃそうだ」
「もうお前仕事やめろよ…」
「しっかりしてよ相澤!!」

普段の相澤ならこんなこと絶対に言わない。他の奴に流れるって何。なんだ、お前もしかして昔みたいに集まったり出来ないのがさみしいのか?そんなに頻繁に遊んでた覚えはないけどな。
高校入学時まで記憶を遡る私を他所に、相澤はうなだれていた頭を起こして急に膝立ちになる。
強制的に相澤を見上げる形になって、改めてこいつ顔怖いなと思った。

「俺はお前に合理性なんて求めてない」
「ウ、ウィッス…?」
「毎日それなりの飯作って、浮気さえしなきゃ別に何でもいい」
「おう…?」

のそのそと膝立ちで近付いてくる相澤と座り込んだまま後退りする私。どう頑張っても相澤と距離を取るのには限界があって、広くはない個室で私はすぐに背中を壁に預けることになる。
終いには足の間に相澤の膝が入り、じんわり温かい手に肩を掴まれた。本当に酔っているのか、低体温な相澤にしては手の平は熱かったし、力加減も上手く出来ていない。心なしか私の肩がぎりぎり言っている。

「…みょうじ」
「は、はい」
「……俺じゃ駄目か」
「な、何が…?」

本当にどうしたの、と言いかけた時、突然相澤が崩れ落ちる。
もう何が何だかわからないまま急病かと倒れこんできた相澤をひっくり返すと、ぼんやりと宙を見る目の下には隈があった。

「眠い…」
「普通に寝不足かい!!」
「結婚してくれ」
「は?」
「こういう時じゃないと言えないからな…」
「はあ?」

そう言い残して相澤は電池が切れたように眠った。
勝手に謎発言を残して寝落ちた相澤の頭を膝に乗せながら、私は先程の相澤のように宙をぼんやり見ていた。
あいつさっきなんて言った?


困惑する私の思考を断ち切るように、再び無遠慮に襖が開く。山田だった。

「あー、やっぱ寝てたか」
「………山田」
「あん?」
「こいつ、…いや、うん…」

自分で言って確認するのも何だか恥ずかしくて押し黙る。俯くと寝こけている相澤が嫌でも目に入るから、下を向くことも出来ずに天井を睨んだ。

「その様子だとプロポーズでもされたか?」
「はっ?さささされてないし!んなのするわけないじゃんこいつが!だって相澤だよ!?」
「…悪いなみょうじ」
「え?」
「俺は男の友情を取っちまった」

式には呼べよ、と穏やかな顔を向けられて、思わず膝に乗っていた相澤の頭を落とした。呻き声が聞こえた気もしたけど気にしない。

「お、…お前らグルだったの!!??」
「そりゃあお前、"今日ならなんか言える気がする"とか言われても5徹の頭には何言っても響かねえだろ。俺は退勤時間少し遅らせただけだ」
「最悪!ほんっと最悪!!」
「酒の力借りようと度を超えた寝不足だろうとそいつの言ったことは本当だぜ。お前も真面目に考えてやれよ」
「…ほ、ほんと……」
「俺は素直に頷いといた方が楽だと思うぜー」

こんなことなら酒なんて飲ませなければよかったと後悔してももう遅い。
とりあえず自分で言ったことの重大さを理解させる為に、相澤は叩き起こそうと思った。

- ナノ -