極悪非道な悪人にだって人を思いやる気持ちくらいあるんだぜ
「仁くんただいまー!」「まー!」
「おー」
振り返ると、女子高生2人が沢山の袋を持って駆け寄ってくる。事案っぽい?そんなことはない。そうだな。
昼間にバーで待っていろとメールが来てから1時間と少し、どうやらトガちゃんとなまえちゃんは俺のためにあちこち回ってきてくれたらしい。
「ちょっと歩き疲れたねえ」
「でも楽しかったです!かぁいい服沢山見ました!」
「あ、これ仁くんにあげるね。お家帰ったら見てみて」
「私となまえちゃんからです!プレゼントです!」
「仁くんに似合うと思う」
差し出された少し大きめな袋を受け取る。袋の口のテープが外れていて中身が見えた。どうやらジャケットのようだ。家で見ろって言われただろ。
年下にこんな贈り物をされるのは初めてだ。2つ並んだ頭を雑に撫でるときゃらきゃら笑い声が大きくなった。
「あとね、今度仁くんも一緒に行けそうなお店見てきたよ」
「なまえちゃんすごいんです!すっごくいいお店でした!お店のおじいちゃんが友達連れてまた来ますって言ったらお茶の葉っぱくれました!」
「そうなの、静かでね、あんまり人もいないお店なの。ケーキが美味しくてね…」
「おいおい落ち着けって、そんなに急いで喋らなくても俺は逃げねえよ」
「だって仁くん!楽しかったんです!」
「楽しかったの!」
興奮した4つの腕にばしばしと背中を叩かれる。普通に痛い。
どうやら茶葉の缶だけでなくケーキも貰ってきたらしい。
小さな紙の箱の中からは若い女が好きそうなこれまた小さなケーキが入っていた。
「沢山もらったからね、みんなでどうかなって思って」
「仁くんのはこれです!塩キャラメルチョコケーキ!」
「ひーちゃんと2人で選んだんだよ」
「弔くん達の分もあります!」
「黒霧さんにこのお茶淹れてもらおう!奥にいるのかな、呼んでくるね」
そう言ってなまえちゃんはぱたぱたと走ってカウンターの奥に消えた。
それを見送ったトガちゃんの顔を見て、もう一度彼女の頭を撫でた。
「本当に楽しかったんだな」
「そうです!最近忙しくて全然なまえちゃんとお出かけ出来なかったから楽しかったです!この後なまえちゃんの家にお泊まりするんです!」
「トガちゃんもなまえちゃんも楽しそうでおじさんも嬉しいよ」
「私もです。なまえちゃんが嬉しそうだと私も嬉しいのです」
なまえちゃんは、現代には珍しい無個性の女の子だ。
トガちゃんと出会った経緯は知らないが、2人でいる時トガちゃんはまるで普通の女子高生のようにはしゃいで明るい道を歩いている。
こうして敵連合のアジトに出入りするようになっても、なまえちゃんは変わらずトガちゃんの友達で、俺達のことを肯定も否定もしない。
「なまえちゃんを無個性だっていじめる人がいなくなったらもっと良いです。きっとなまえちゃんも毎日笑顔です」
「…そうだなあ」
「なまえちゃんも連合に入ったらいいのに…」
「そうなったら、もう今みたいに外は歩けなくなるぜ」
「……むう」
なまえちゃんが無個性だからと差別する気はないが、なまえちゃんを守りながら外を歩けるほど世間もヒーローも優しくない。
こうしてなまえちゃんがここにいるだけでもなまえちゃんは常に危ない橋を渡っているも同然なのだ。
「…世界が私達に優しくないです」
「そりゃ昔からだな」
唇を尖らせるトガちゃんの小指には、赤い石の指輪が光っている。
なまえちゃんとお揃いであろうそれをこれからも守りたいのなら、俺達は日陰で誰にも見つからないようにそれを隠すしかない。
「ひーちゃん、仁くん!黒霧さんお茶淹れてくれるって!」
「じゃあみんなでお茶しましょう!仁くんこれです!」
「さっきも聞いたよ…」
なあ、見てるか
どうしようもない極悪非道な敵にだって、友達を思いやる気持ちくらいはちゃんとあるんだぜ。