黒い羊

わたしを見てその子は、いつも開口一番こう言う。

「うわっ、何でいんの」
「何でって、顔見にきたのよ。元気かなって」

いらねえよ、と悪ぶって言うけど、彼はきちんとわたしの隣に座るのだ。向かいの黒霧さんと密かに笑い合う。

「今日はそんな弔くんのためにご飯を作ってきましたー!ぱんぱかぱーん」
「だから毎回作ってこなくていいって。うざい」
「じゃあわたしが来なくても毎日しっかり食べてくださーい。そんな細い体お母さん見てられませーん」
「誰がお母さんだ…」

脇に置いていたバッグから沢山タッパーを出していく。普段から好き嫌いが激しくて偏食気味の弔にあれもこれも食べさせなければと思っていたらとんでもない量になってしまった自覚はある。
あの人にもすごい量作ったねと笑われてしまった。
案の定弔は中々減らないバッグの中身に頭を抱えた。

「そんな量誰が食べんだよ…」
「弔」
「俺だってそんなに食えねえから!俺のことなんだと思ってるんだよ!」

そう言いながらもちゃんと食べてくれるんだよね、何だかんだいって身内には優しいもんね、君は。
勝手に口元が緩んでいたのか、弔は忌々しげに舌打ちをした。

「それにほら、最近若い子入ったじゃない。あの子達にも食べてもらおうとおもってね」
「やめろよ噂をすればってなるだろ」
「あーっ!なまえちゃん!」
「ほらもう…くそ…」

わたしを見つけるなり飛びついてきたトガちゃんと、のそのそそれに続いてきた荼毘くんにも箸を渡す。ちゃんと受け取ってくれるんだから彼女らもいい子だ。

「天下の敵連合も普通の食卓のご飯食べたくなる時もあるでしょ。弔達に食べてもらうの考えたらおばさんはりきっちゃって。みんな食べられるかな?」
「私なまえちゃんのご飯大好きです!」
「あんたどう見てもおばさんじゃねえよ」
「あらありがと。でも中身はおばさんなのよー。さ、どんどん食べて。冷蔵庫空にするつもりで作ってきたから沢山あるよ〜」
「お前ら…」

弔が今にも箸を折りそうなのを尻目に、楽しそうにタッパーの料理に箸を伸ばすトガちゃんを眺める。

「あーあ、わたしも普通に生きてたらトガちゃんみたいな可愛い娘ほしかったなあ」
「じゃあわたし今日からなまえちゃんの娘です!おかあさん、ロールキャベツ美味しいです!トマト!」
「それね、前トガちゃんがトマト味おいしいって言ってたからねえ、お母さん頑張っちゃった〜」
「…みょうじさん、これ」
「それはねー、この前テレビで見て、おつまみにもなるっていってたから作って見たの。大丈夫?しょっぱすぎない?」
「うめえよ」
「よかった〜」

弔も怒りオーラを発しながらブロッコリーとエビの炒め物に手をつけている。よしよし、今日もしっかり食べるんだよ若者達よ。

「本当に母親のようですね」
「だったらいいんだけどね、無理だからね〜」
「…そうですね」

あの人に添い遂げると決めた時から、そんな普通の幸せは諦めている。
口の中に勝手に広がる不快感に目を閉じた。ほら、わたしの気も知らないで。

「弔ごめんね、そろそろ帰ってこいって」
「は?…あぁ、先生か」
「うん。タッパーは勝手に処分していいからね。ちゃんと毎日食べてね」
「…わかってるって」
「えーっ、なまえちゃんもう行っちゃうんですか!?」
「…うまかった」
「2人もちゃんと毎日食べるのよ、また来るからね〜」

ひら、と手を振ると同時に口から形容しがたいにおいの泥のような液体が溢れ出す。
次に目を開いた時には、沢山の管に繋がれたにやけ顔がわたしを見ていた。

「なににやけてるのよ」
「いやあ。家庭を持ったらあんな感じだったのかな、と」
「…そうね、きっとあんな感じ」
「子供が欲しくなった?」
「いいえ。…いいえ」
「嘘だあ」

いつも通りのスーツ姿の膝に頭を預けると、くすぐるように頬を無骨な指が掠めていく。
こんな化け物同士なんかじゃ、子供は出来ないわ。愛情があるかどうかもわからないのに、そんなことをしたら子供が不幸になってしまう。
わかってて聞いているだろうに、意地の悪い人だ。

「あの子達がいるから、それだけで充分」
「僕はたまに君との子供がいたら、って考えるよ」
「それこそ嘘ね。あなたは子供に興味なんてないでしょう」
「君に似ていたらわからないよ」
「…」

何を考えているかわからない人だ。平気な顔して子供も一捻りしてしまうかもしれない。そんなことを考えたら、子供が欲しいなんて嘘でも思ったりしなくなるのだ。

「でも、そうだな。僕は君が目の届くところにいれば、それで満足かな」
「目、見えてないのに?」
「今日は随分刺々しいね、僕何かした?」
「別に。まさか弔に会いに行って10分で連れ戻されるとは思ってなかっただけ」

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