恋人たちのよくある使い回しの言葉

「そういえば、お前のことずっと好きだった。付き合ってくれ」と言われたのが高2の春の話。
そういえばとかついでかよ、なんだその言い方と少し呆れたものの、それを言ってきたのがあの轟焦凍だったからもうしょうがなかった。
あの顔さえあれば例え「ペットになってくれ」だったとしても全国の女を侍らせることが出来るだろう。流石にそこまできたら私は嫌だけど。というか彼にそんなことを言う頭はない。

「私轟くんの顔ほんと無理」
「無理って、火傷か?」
「いや違くて、轟くんの顔面偏差値って例えるならハーバード並みじゃん。もう顔だけで全世界制覇みたいな」
「よくわかんねえけど今日も元気そうだな」
「轟くん顔が良すぎて君と同じく細胞37兆個ちゃんとある自信ないよ私。もしかして私35兆個くらいしかないのでは…?」
「それはないだろ」
「面倒くさくなったらすぐ目逸らすとこも好き〜〜」
「俺も好きだ」
「ハァ〜まじ無理」

理解が及ばないまま付き合い始めて早1年と少し。そろそろ卒業も近い私達は、轟くんの家で勉強会をしている。
彼のお家にお邪魔するのは初めてではなくて、お姉さんの冬美さんにお菓子を献上して特に何があるわけでもない至って普通の勉強会を少なくとも月に1度は開催するのが私達のデートだった。
寮でやるとどうしても恋人水入らずというのが難しいからいっそ外泊許可取って月に1回は俺の家で一緒にいようというのが彼の談である。そういうよくわかんないことで外泊許可マジでもらってきて私のお泊まりセットまで用意しちゃうところも好き〜〜。
こうして畳に足をつけて、熱いお茶を飲みながら教科書片手に彼と勉強するのも意外と楽しい。ヒーロー目指して雄英に入った私達に恋愛している時間なんてほぼないに等しいし、何より轟くんは顔がいいから合間に横顔を眺めるだけでもうなんか楽しい。
…そういえば、恋愛なんて興味ねえを地でいくタイプだと思っていた轟くん、どうしてよりによって私なんかを隣に置こうと思ったんだろう。

「轟くん私のどこが好きなの?」
「ん?」
「あ、ねえ蛍光の赤切れちゃった」
「ほら、使えよ。俺も青切れた」
「いやそれはダウト。買ったばっかでさっきラベル剥がしてたのばっちり見てたよなまえさんは」
「いいじゃねえか、交換。駄目か?」
「も〜許す〜〜」

何も交換じゃないけどな。
差し出された赤ペンを受け取ると、自然な動きでゴミ箱に入れようとしていた私のガサガサ赤ペンを奪われた。それほんとにもうガッサガサだけど何に使うの。

「…なまえは面白いだろ」
「え?」
「だから好きだ。他の奴にとられたくないと思った」
「あ、どこが好きって話ね、ハイハイ」

照れもせず私から奪った赤ペンをペンケースに仕舞う轟くんに青ペンを渡すと、これもいそいそと仕舞われた。青ペン二刀流するのもイケメンの嗜みなのか。さすが顔面偏差値80の男。

「ていうか私面白いかなあ」
「面白い」
「いやあ顔面偏差値80に言われるとそんな気してくるね。私ユーモア偏差値80?」
「そういう変な表現するところとか」
「ンン〜悪意はないんだよね、知ってる」

いつの間にか轟くんは教科書ではなく私を見ていた。
彼の2つの色の違う瞳に見つめられると、なんというかこう…。

「ぞわぞわする」
「ぞわぞわ」
「試験の前日の謎の自信溢れるのを通り越して死を覚悟する時みたいな感じ」
「よくわかんねえ」
「だよねー」

轟くんが死を覚悟するのなんてなさそうだし。
たはー、と笑っていると、でも、と轟くんが教科書に目線を戻す。

「さっき顔が無理って言われた時は流石に死ぬか迷った」
「ちょっと待って何言ってんの顔面偏差値80」
「世間に顔が良いって思われてもなまえの好みの顔じゃなきゃ意味ねえ」
「轟くん…」
「だから整形を考えた」
「発想がヤバイ〜〜」

もう轟くんめっちゃ私のこと好きじゃん。ちょっときもいくらい好きじゃん。なんかこんなちゃらんぽらんなの申し訳なくなってくるわ。

「ごめんね〜卒業してまだ縁が続くなら私轟くんの為に専業主婦になるのも辞さないから〜」
「何言ってんだ、続くに決まってんだろ。あと専業主婦は考える」
「続くのか〜優しいね」

卒業して事務所入った途端に美人なお姉さま侍らせた轟くんに「お前と添い遂げたいって少しでも思ったことが俺の黒歴史だ、死んでくれ」くらいは言われる覚悟出来てるんだけどなあ。

「入籍は収入が安定するまで待ってくれ。家は日本家屋がいいけどお前に合わせる。子供は2人ほしい」
「待って、私達まだ高校生」
「大人になるのなんてすぐだろ。逃げられる前にちゃんと計画立てて捕まえとかねえと」
「私これ逃げられるのかな〜」
「逃げんのか?」
「おっと目が怖いよ」

まあ何だかんだ言って私も轟くんのことは顔だけじゃなくてド天然記念物な中身も好きだから逃げるつもりもないんだけどな。
でも段々と天然記念物さを増してずれていく彼の相手が出来るかどうか自信はない。なんせ細胞が推定35兆個しかない女だからな。どうあがいたって釣り合わないものは釣り合わないのだ。

- ナノ -