中身は普通のチョコレートだった

「お、よう哲」
「おはよー」
「あぁ、おはよう」
「みょうじにはもう会った?」
「いや、まだ会っていない」

純や亮介の様子を見るに、もうすでになまえに会ったらしい。後ろから遅れて現れた増子の手にも同様、小さな包みが乗っていた。

「俺、てっきり哲に一番最初に渡しに行くと思ってたんだけどな」
「俺も」
「この間手を繋ごうとしてからずっと逃げられている。少し早かった」
「もうお前らは付き合った方がいいと思う…」

なまえは家が向かいの幼馴染で、たまに時間が合えば一緒に家に帰る程度の仲である。要するに、一般的な男女の仲だ。
別に何がある訳でもなく、他愛のない話をして、すぐに家に着いてしまう。それを名残惜しくも思わない、そんな仲。
あくまでなまえの中ではの話だが。

「まさか哲がこんなに恋愛初心者だとは…純に漫画貸してもらったら?」
「恋愛初心者っていうか一方的な。あと言葉足らず」
「うが…」
「初心者とは失礼だな。しっかり好きだぞ、俺は」
「だからそれでみょうじに逃げられてんのが駄目だっつってんだよ」

ジュニアで野球をしていた頃から、なまえは欠かさず俺の試合を見に来ていた。頼めば渋々だが練習にも付き合ってくれたし、俺と会話を合わせる為に野球も勉強していたとおばさんや将司に聞いた。
そういう人に見せない愛情というか、優しさというか、ひたむきさが好きだと思った。そう思ったらどんどんなまえのいいところが見えてきて、好きになっていた。

「仕方ないだろう。あいつは人に好かれていると知ると胃が痛くなるんだ」
「なんでだよ」
「めんどくさいよねえ」
「自分を好きになる心当たりがなくて怖いそうだ」
「この間も男子に可愛いって言われてるのを聞いて目が死んでたな…」
「どこの馬の骨だ、なまえが可愛いのは俺が知っていれば充分だと言うのに」
「お前もめんどくせえな。可愛くないって言われてもキレる癖に」
「当たり前だ」
「うわ〜哲めんどくさい〜」

俺から好かれているという事実に今更気付いたらしいなまえは、あり得ないものを見るような目で俺を見て、俺を避けるようになった。
まあそうなるだろうとは思っていたので大して驚きもしなかったが、よく考えるとこのままでは卒業後あっさりと行方をくらませてしまいそうだ。
あの自分に対して卑屈なところも可愛らしいとは思うが、多少は荒治療も視野に入れていかないと本当に逃げられてしまいそうだ。

「おい、哲」
「あ、丹波もみょうじからチョコもらったんだ」
「ああ、というか今本人がいる」
「え」
「本当じゃん、ちょっとみょうじなんで隠れてんの」

亮介に引っ張り出される形で出てきたなまえは、眉間に皺を寄せた顔で丹波の腕を掴んだままこちらを見ている。
目の下には微かに隈があった。眠れていないのだろうか。

「…丹波、みすてないで」
「見捨ててなんかいないだろ、早くしろ」
「うう…」
「なに?ようやく哲と付き合うの?オメデト」
「ちがう!!!」

なまえがぎゃんぎゃん吠える。ポニーテールが揺れて、なんだか甘い匂いがした。
純や亮介に囲まれて逃げ場のなくなったなまえは、今度こそこちらを見た。

「て、哲」
「なんだ」
「なんだって、うう、わかってるくせに…」
「何のことだ」
「くそ、鉄仮面め、ううう…」
「それは普通に悪口だ」
「わかってるよばか!!」

半ば殴り付けるように渡された小さな包みは、皆が持っているものとは少し違っていた。

「哲のは、ほら。…この前わたし、逃げたから」
「そうだな」
「ぶっ叩いちゃったし。……わたしも反省したの」
「そうか」
「…あの、それで」
「ああ」
「………、ごめんなさいの気持ちも入ってて、だから、えっと、叩いてごめん」
「気にしていない。急に手を繋ごうとした俺も悪かった」
「…哲はさ、そうやってわたしがびっくりしてぶっ叩いても逃げても怒らないじゃん」
「怒る理由がないからな」
「…哲のね、そういうところが、わたしは、………」
「わたしは何だ」
「………すきだなあと、思います」
「…」
「……いつもありがとうね、哲也」
「好きだ」
「ヒェッ」

つい本音が。
ぴゃっと丹波後ろに隠れてしまったなまえを追いかけて顔を覗き込むと、見たことがないほど真っ赤になっていた。

「は、はずかしい…」
「そうか」
「………な、なんでこっち見るの」
「なまえが可愛いな、と」
「ク、クリスにも渡してくる……!!!」

なまえが走って逃げてしまった。今度はクリスを盾にするらしい。
小さい背中がもっと小さくなっていく様を眺めていると、自然と溜め息が出た。

「可愛いな…」
「ハイハイ朝からゴチソーサマ」
「早く付き合えオラ」
「そうだな、卒業までには」
「言ったな?」
「まずは逃げられないようにしなければ…」
「お前らの場合そこからなんだよな」
「道は遠いな…」

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