思いの外相性は悪くない

「おっ、スーパーイケメンモテ男新開君じゃん。お疲れ」
「おめさんそれいつまで続ける気なんだよ…」

みょうじは俺を見つけてわざとらしく手を上げると、真顔のまま俺をからかう。"スーパーイケメンモテ男"は何故か今朝からみょうじの中でブームらしい。
丁度部活が終わったところなのか、じっとりと汗をかいたみょうじが隣に腰を下ろした。

「今日はチャリ部終わるの早いじゃん」
「ああ、今日はな。明日はいつもより長い」
「うわぁ、可哀相に」
「思ってないだろ」
「まーね。運動部がしんどいのなんてどこも一緒じゃん」

水滴が滴る缶のプルタブに爪を掛けて、みょうじは暫く静止する。そして俺をちらりと見たあと、目の前の自動販売機に歩いて行った。

「ポカリでいい?」
「いや、俺はいいよ」
「聞かれたことには答えろよな、ポカリ?それともジュース?」

みょうじが手に持っている汗をかいた青い缶がやけに美味そうに見えたから、思わずかすれ声で「ポカリ」と答える。
みょうじはおー、と言ってポケットから小銭を出して迷うことなくポカリを購入して、俺の隣に戻ってきた。

「ほい。気にせんでいいよ。今日は誰かに奢りたい気分だから」
「へえ。じゃあ遠慮なく」
「今日に限って皆戻るの早いんだよなあ。少しは先輩に付き合えっての」
「みょうじ、そんなんじゃ後輩に怖がられてんじゃねえの」
「先輩について行くのが後輩だべや」

みょうじは北海道からスポーツ推薦で来た陸上部のエースで、だから彼女の口からは時々方言が飛び出す。俺はみょうじの方言が少し好きだったりする。
みょうじがやっとプルタブを開けたので、俺もそれに倣って冷たいプルタブに爪を引っ掛けた。

「…で、なんかあったのか?」
「なんで?別になんもないよ」
「嘘吐け。これでも俺、結構みょうじのこと見てるんだぞ」
「苦手な割に?」

二年とちょっと、と続けるはずだった口が自然と止まった。心底どうでも良さそうなみょうじの横顔は、何だか疲れているように見えた。
確かに俺は、みょうじの淡々と人をからかうところがあまり得意ではなかった。嫌いなわけではないけれど、今まで出会ったことのないタイプの人間だったから、どうしても話にくさばかりが目立ってしまうのだ。

「新開が私のこと苦手なのは知ってるよ。私だって二年とちょっと新開のこと見てるもん。まあチャリ部には負けるんだけど」
「…おめさんのこと苦手ではある。けど、好きなところも沢山あるぜ」
「そう言うところが新開のいいところだよなあ」

はあ、とみょうじは大きな溜め息を吐いた。そして不意に履いていた長いジャージの右を捲り上げた。

「うわ、どうしたんだよ」
「盛大にコケたよね。多分油断してた」
「ハードルだっけか」
「そう」

みょうじの右足の膝から脛にかけて、何かで引き摺ったような傷痕が出来ていた。
同じ運動部繋がりでよくみょうじの走っている姿は見てきたが、こんな怪我をしているところは初めて見た気がする。

「見た目の割にそんな深くないけど、とりあえず今日はあがりになった」
「そりゃそうだ」
「いつもより早いからなんか走り足りないっていうか、うん。悔しい」
「転んだのが?」
「そう」

とてもじゃないが悔しそうには見えない横顔が、暗くなりつつある空を見上げる。すっとした焦げ茶の目が、ぼんやりと白い月を見つめていた。
やっぱり俺にはみょうじが疲れているように思えた。

「…疲れてんじゃないのか。今日はゆっくり休めよ」
「それさっき福富にも言われたー、なんなのチャリ部ー」
「…寿一もかあ」

となると、恐らくみょうじは本当に疲れているんだろう。
最後の大会が近いこともあって、三年生は無意識にピリピリしている奴が多い。陸上部はみょうじがピリピリしているというより、他の三年生の雰囲気にみょうじのリズムが崩されたのだろう。

「そこまで言われたら今日は早く寝るかなあ」
「そうしとけ。ポカリありがとな」
「気にすんなー」

立ち上がって女子寮に向かって歩いていくみょうじの背中に自然と手が伸びたのは、きっとみょうじが足を引き摺ってふらふらしていたからだろう。
みょうじは俺があまりみょうじを好きではないと思っているらしいが、そんなことはないと明日伝えてみよう。

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