私が生き絶えた時は彼らが穴を掘ってくれると

「ふぉ?なまえだ。なんでなまえ?」
「…なまえ?」
「今日はキリカさんとあやこちゃんはお休み。だから私が代わりにね」

騒がしさが近付いて来ていると思ってみれば、やはり平腹と田噛だった。
からんと乾いた音も聞こえたから、恐らく平腹がシャベルを床に投げたのだろう。

「平腹、シャベル置くのはいいけど、床汚さないでね。田噛のツルハシは?」
「部屋にある。…俺は別に任務帰りじゃねえよ」
「あぁ、そう。土の匂いしたからてっきり二人とも任務帰りかと」
「なまえすげー!よくそんなわかるよな、見えてねーのに!」

見えていないというのは少し語弊があるけど、私は確かに彼らの姿が見えていない。正確には目を閉じているから、見えるはずもない。
でも、目を開けたからと言って完全に彼らの姿が見えるわけでもなくて、彼らの目とは違って私の目は失明寸前と言っていい状況なのだ。
これは先天的なもので、病院に行こうがどうしようが治らないらしい。

「まあ最初からこうだったし、私からしたらちゃんと見えるってどういうことなのかよくわかんないよ」
「…なんか手伝うこと、あるか」
「ううん、大丈夫。ありがとね、田噛は優しいね」
「俺も!俺もなんか手伝う!」
「だから何も無ぇって今言っただろうが」
「あぎゃー!!」

彼らよりも少し早くに生まれた私は、肋角さんの力を持ってしても完全な状態で生まれることは出来なかった。
元々魂が欠けているだとか、難しいことを先生から聞いたけど、とりあえず生まれたばかりの私が理解したのは私の目はずっと見えないままなのだということだった。
肋角さんは私にすまない、すまないと謝り倒しだった。あの人のあんな情けない姿を見た(正確には聞いた)のはあれが最初で最後だった。
獄卒としては皆と比べて有能とは言えない私を、肋角さんはずっと館に置いてくれている。お陰で私も目が見えなくても皆のように生活することも出来るようになった。

「なまえー、腹減ったよぉ、俺もう限界ー!」
「はいはいただいまー、平腹は大盛りね。田噛は?」
「俺も大盛り」
「あら、珍しい」
「田噛な、なまえが飯作る時だけ食う量増えるんだぜ!あ痛っ」
「余計なこと言ってんじゃねえよ」

この子達は本当にいい子だなあ。
今はいないが斬島や佐疫も私を気遣って階段の登り降りは付き添ってくれるし、谷裂は物を退けて私が歩きやすいようにしてくれる。木舌だって手を引いて歩いてくれる。平腹と田噛は、こんな私の作ったご飯を喜んでくれる。
目の見えない環境で私がさほど劣等感を感じずにいられるのも、きっと彼らの優しさのお陰なのだろう。

「肉じゃが!?やった!俺なまえの肉じゃが大好き!!」
「…あんた、見えねえのにどうやって切ってんだよ」
「音を聞いて覚えるの。あとは勘と実践あるのみ」
「…」

私には見えないけど、きっと人参は花形に切れていることだろう。
キリカさんに料理は一通り教わったし、家事や雑用は人並みにこなせているはず。

「…俺達のこと、本当に見えてねえのか」
「また藪から棒に。まあ、そうだね。色はぼんやり見えるけど、よくわかんないし」
「田噛またその話かよー、別に見えてなくても良いじゃん。なまえ俺達のことわかってんだし」

おかわり!と平腹が叫ぶ。はいはい、と手を差し出すと、軽くなった茶碗が優しく置かれた。
普段の行動はガサツで乱暴なのに、こういうところがあるからこの子は憎めないのだ。
ちらりと田噛がいるであろう方向に顔を向けると、合っていたようで小さな咳払いが聞こえた。

「…今日も美味いよ」
「そりゃどうも。田噛はおかわりいる?」
「いい。デザートあんだろ」
「何でバレた…匂い?」
「あんたじゃねえんだからそれはない。あんたが夕飯担当の時は必ず作るだろ、デザート」
「うむう…まあ、そうなんだけどね」
「マジ!?デザート!?」
「うん、杏仁豆腐作った」
「よっしゃー!!あ、なまえ、大盛りな!」
「はいはい」

空の茶碗を受け取って厨房に戻ると、開いていた窓から風と共に賑やかな話し声が聞こえてきた。
きっと斬島達も帰ってきたのだろう。食堂が一気に慌ただしくなる前に、先に盛り付けを済ませてしまおうか。





「なまえの飯うめぇ!」
「…あんなにか弱い鬼がまだ生きてるなんて、つくづくとんでもねえ奇跡だな」
「田噛は心配し過ぎなんだって。なまえは多分、俺達が思ってるよりも大丈夫だ」
「…どうだか。俺はあの人の墓穴掘るって昔から決めてんだ」
「墓穴も何も、俺達死なないじゃん」
「なまえは俺達と違って傷付けば死ぬ」
「…いいなあ、俺も掘りたい。なまえの墓穴」
「やめろ、なまえを見送るのは俺だ」
「田噛ずるい!大体田噛一人で掘ってたら何日掛かるかわかんねえじゃん!」
「二人とも何喧嘩してんの?はいおかわり」
「なあなまえ!なまえの墓は俺達が掘るからな!予約しとく!」
「は、墓?急になに、死ぬ予定まだないんだけど」
「予約だよ、予約。あと、やっぱ俺も大盛り」
「はあ…」

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