願わくばこの首を絞める手は貴方のものであれ

うちにはマネージャーが三人いる。白福さんと、雀田さんと、みょうじさん。
みんな優しくていい人だけど、その中でもみょうじさんは優しさがカンストしていっそ残酷に思えるレベルでいい人だ。
みょうじさんに優しくされると、俺は死にたくなってどうしようもなくなる。いつも死にたくなるわけじゃないけれど、みょうじさんの優しさは俺の首を絞めるのだ。

「おっ、赤葦。今日は早いね」
「おはようございます。それ、持ちます」
「ありがと。備品室まででいいよ」

赤葦はいい子だねぇ、とみょうじさんは笑う。違うんです、違うんですみょうじさん。
昨日、みょうじさんが白福さん達と話しているのを聞いたんです。備品室のものを整理して買い出しリストを作らないといけないことも、みょうじさんが朝一番に来て整理を始める予定だったことも。
だから俺は、いつもより早く来たんです。全部全部、あなたの為なんです。

「赤葦、それそこの、そう二段目のやつね」
「…みょうじさん、一人でどうやってここにもの置いてたんですか」
「うんと、そうねぇ、まぁ頑張ってた」
「答えになってないです」
「いいじゃん、今は赤葦がいるから。存分に頼らせていただきます」
「…頼られます」

みょうじさんの垂れている目が更に垂れて、口元は柔らかく笑顔に歪んだ。俺は、この人のこの顔が何よりも好き。
むしろみょうじさんの笑顔を網膜に焼き付けてずっとこの顔を見ていたいから、可及的速やかに死にたいと思う。

「ん?どったの赤葦、なんか顔変だよ」
「いえ、何でもないです、大丈夫です」
「そーお?赤葦はいい子だから我慢しちゃうもんね。何かあったら何でも言って、木兎ならいくらでも殴るし」
「あんまり殴り過ぎるとしょぼくれるので控えめにお願いします」
「お願いされましたー。いい子な赤葦にはあとで桃の飴をあげようねー」
「ありがとうございます」

みょうじさんはいつも俺に桃の飴をくれる。
どこで売っているのかもわからない(本人に聞いてもはぐらかされる)飴だけど、とても美味しいし喉にいいのだそうだ。実際風邪に結構効く。
「赤葦はいい子だからね、みんなには内緒だよ」なんて言って、小さな白い包みを俺の手に握らせて笑うのだ。ああ、思い出しただけで死にたい。
俺は毎日死なないように必死なのに、みょうじさんはどうしてこうも俺を死にたくさせるのが上手いんだろう。自分で言ってて意味がわからなくなってきた。

「…みょうじさん」
「んー?」

丸い目が俺をじっと見つめる。
それだけで口がからからになって、じわりと汗が吹き出してくる。
もしかしてみょうじさんは俺にだけ効く毒ガスでも放っているのだろうか。しかもすぐには死なない程度の微量なものを。
なんてタチの悪い、なんて優しい毒なんだ。

「やっぱ今日の赤葦なんか変だよ。大丈夫?熱でもある?」
「いえ、元気です」
「ほんとかー?困ったら先輩を頼りなさいよー」
「はい」

背伸びをして俺の頭をちょいちょいと撫でて、みょうじさんは満足げに来た道を戻っていく。
当の俺はぶわりと噴き出した汗を拭うこともしないまま、ただその小さな背中を見つめていた。
あぁ、あの人がとんでもなく好きなせいで、俺は今日もこんなに死にたい。

「どしたの赤葦ー、行かないのー?」
「今行きます」

いつか、いつかその柔らかい手で俺の手を握ってくれたらと思う。
それで死ねるなら、案外本望かもしれない。

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