緋色の聖女

この村はおかしくなってしまった。
八尾さんとははぐれてしまうし、村の皆も何だか様子がおかしいし、本来村にあるはずのない海がある。

「…はぁ」

とぼとぼとかれこれ数時間は歩いているが、未だに生きている人には出会えていない。
自分は丸腰だし、例え武器を手に入れられたとしても戦える気がしない。
きっと自分は生き残る確率が低いだろうな、と溜息を吐いた。

「…?」

自分の後ろから誰かの足音が聞こえて、反射的に振り返る。
もし自分以外の生きている誰かだったら、と考えていると、自分は他のことは忘れてしまうのだ。
例えば、そう。
後ろから来ている人が生きていなかったら、だとか。




「…っうわぁああああああああああああ!」

どうしようどうしようやっぱり生きてなかった目から血が流れているし奇声を上げているし鍬を持っているし!!
既に息切れ寸前の頭で何とか逃げ道を考える。
そうだ、あの角を曲がってやり過ごそう。運良くまだあの人と距離は離れているし、この霧の中ではそうそう見つからないだろう。
そう思って角を曲がろうとして、

「っうあああああむぶっ」

腕を引かれて反対側の曲がり角の影に倒れこんだ。
衝撃に備えて目を瞑るものの、痛みなどはなく、逆に温かい何かに受け止められて、恐る恐る目を開いた。

「あはは、求道師様焦りすぎです。そっちは行き止まりですよー」
「っ…みょうじ、さん…!」

私を抱き留めてくれたのは村の高校生の#bk_name_1#さんだった。
彼女も無事だった、とわかった途端に安堵のあまり視界が霞んだ。それを見て彼女は小さく笑う。

「求道師様1人ですか?一緒に行きましょうよ、2人の方が心強いですしー」
「ぜ、是非!」
「あはは、求道師様、掴むなら両手じゃなくてどっちか片方にして下さいね歩けないです」
「す、すいません…」

彼女の温かい手を握ると、柔らかく握り返されて、八尾さんといる時とはまた違った安心感が生まれる。
みょうじさんは高校生なのに、何だか母親のような安心感がある。彼女が天然でちょっとやそっとじゃ怖気づかないのも要因の一つなのだろう。
こんな緊急事態にも動じずに柔らかく微笑んでいる。肝が据わっているというか、何というか…。



「…求道師様、もし見つかって私だけで対処出来なさそうだったら、私が囮になりますから逃げて下さいね」
「えっ」
「まぁ求道師様1人逃がすときは絶対に安全な場所って決めてますけどねー」

先程までのふわりとした表情から一転、鋭い表情でどこか遠くを見ていたみょうじさんが、こちらを見て笑った。
高校生相手に、少しときめいてしまった。私、27なのに…。

「…あ、やばい見つかりましたね、ちょっと求道師様下がってて下さい」
「えっでも…」
「当たるといけないですから、1mくらいですかね」
「…え?」

離された手を伸ばして走りだす彼女を追いかけようとすると、彼女が何かを振りかぶったのが見えた。
その切っ先が、一瞬私に向いて、すぐに振り下ろされた。
…なんだ、あれは。

「……みょうじ…さん、…何ですか、それは…」
「あ、驚いちゃいました?鉈です、家の物置から持ってきたんですけど、使うの初めてで」

赤い液体が付いた鉈を一振りして、頬に着いたものも上着の裾で拭き取り、こちらを見て笑うみょうじさんは、相変わらず私より男らしかった。
足元で倒れ、みょうじさんに手を伸ばしている人だったものを、みょうじさんはこちらを見たまま足で踏み潰した。
…見ていて吐きそうだった。

「…すいません、求道師様大丈夫ですか?ちょっと休みましょうか?」
「いえ、…みょうじさん、強いんですね」
「そうですか?まぁ、非常時ですからね、これくらいしないとこっちが死んじゃいますから」


微笑んでこちらに手を差し伸べる彼女に着いて行けば、絶対に生き残れる気がした。

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