君と友達になる義理はない

昔から、自分勝手な人が大嫌いだった。それは所謂、空気の読めない人というやつ。
勝手に走り出して、好きなことをして、和を乱して。満足したら、興味を失って後片付けもせずにどこかへ消えていく。
そして、それを結局容認してしまう和である周囲は、なおのこと。

「あーあ、またやってるよ、宮原さんと真波くん」
「宮原さん頑張れー」

だから私は、真波山岳が死ぬほど嫌いだ。




「みょうじ、お前英語は得意だよな」
「…はぁ。…まぁ、そこそこ」
「すまないが、余裕があったら真波に教えてやってくれないか」
「……」

あぁほら、また真波くん。
あんなに周りに迷惑を掛けているのに、そんなこと誰の目から見てもわかることなのに。先生だって、みんなだって、簡単に許してしまう。

「あいつ、来週大会があるらしいんだが、このままだと今週のテストの補習に引っ掛かりそうなんだ」
「…自分で勉強させればいいんじゃないですか」
「あいつの性格はお前も知ってるだろ?俺が見てやりたいんだけどな、今週一杯は会議で抜けられそうにないんだ」

どうしてあんな身勝手な人の為に先生が時間を割かなければいけないのか。
勉強が出来ないのだって、補習を受けるのだって、真波くんの場合は自業自得なのに。

「なぁ、頼むよみょうじ。前の小テストも一位だったろ?お前くらいにしか頼めないんだ」
「……都合が合えば、ですけど」


そしてその数日後、真波くんは自ら私のところへやってきた。

「みょうじさーん、勉強教えてほしいんだけど」
「……どうして私が真波くんに勉強教えるの」
「え?先生がみょうじさんに教えてもらえって」

先生からも頼んどいたって聞いたんだけど。
へらへらと笑顔で近寄ってくる真波くんに、思わず舌打ちをしそうになってしまった。
確かに一応とは言えど先生の頼みは引き受けてしまったし、私も家に帰りたくない事情がある。
けれど、それと真波くんに勉強を教えるか否かは別の話ではないだろうか。

「…私が教えるのは英語だけだよ。それ以外は宮原さんにでも聞けば」
「委員長かー」
「ていうかまず、自分でやってみればいいんじゃないの」

わからんと丸投げされたところでどうしようもないし。そういうのが一番嫌いだ。
彼の場合、勉強の為の努力が全くと言っていいほど感じられないし。
どんどん毒づいてしまいそうな口を一度閉じて、深呼吸をする。

「…とりあえず、木曜のテストの範囲だけやろう」
「あっ、先生にプリント貰ったんだよね」
「……じゃあそれ出して」

先生、対策プリントまで作るなんて、真波くんに甘過ぎじゃないだろうか。

「わからないところあったらその都度聞いて」
「うーん、みょうじさん」
「なに?」
「俺、もうこっからわかんないや」

そう言って彼が指差したのは、まだ問題にも突入していない基礎の解説文だった。
流石に驚いて、真波くんの顔をまじまじと見ながら黙ってしまう。

「……これ、四月にやったところだけど」
「えー、そうだっけ?」
「…」

笑顔のまま首を傾げた真波くんは、あろうことか鼻歌交じりにプリントの隅に落書きをし始めた。
…何となく、自分でも頭に血が上っていっているのは理解出来ていた。

「あーあ、早く山登りたいなぁ。勉強やってるよりもずっと楽しいのにね、」
「真波くん」
「なに?」
「なんで学校入ったの?」
「…え?」

真波くんが驚いたように私を見た。何を言いだすんだという顔。
それすらも腹立たしくて、私は真波くんの言葉を待つことなく立ち上がった。

「学校は自転車乗る為に来てるんじゃない、勉強する為に来てるんだよ?部活をするのはいいことだけどそれは勉強と両立すること前提でしょ、当たり前だよねそんなこと」
「え、あ、うん」
「部活が忙しくて勉強が疎かになるなら部活なんて辞めればいい。ましてや部活に行きたいから勉強しませんなんて馬鹿なこと言うなら部活辞めなよ。自転車降りれば?」
「…」
「先生だって君の為に生きてる訳じゃないし、プリント作ってもらった君がどれだけ特別待遇かわかってるの?真波くんに部活頑張ってほしいって先生は応援してるのに、それをなに?なにこれ、何様のつもりなの?」

真波くんは驚いているのか固まったまま動かない。
私はもう何がなんだかわからないけど、とにかく口が止まらなくて、何故か泣きそうになりながら捲し立てた。

「そんなに自転車乗りたいなら乗ればいいじゃん、学校来る必要ないよほら、学校にいる間に何回山登り下りできると思う?辞めちゃえばいいじゃん学校なんて。…なんで真波くんはみんなに助けてもらってるのにそれを投げるの?自分勝手して許されてるのに、当たり前みたいな顔して、…私、そういうの大嫌い」


あとはもう、何も考えずに自分の鞄を引ったくって筆箱も置いて一目散に寮に帰った。
あの後真波くんがどうなったのかは知らないけれど、誰からも話を聞かないから普段通りに部活に行ったのだろう。なんていうかもう、誇張表現だけど控えめに言って死んでほしい。いや、死んでほしいは流石に駄目か。



次の日、何故か私の机には、私の筆箱と一緒に、綺麗にラッピングされた可愛らしいクッキーが置いてあった。
そして何故か、宮原さんが私を訪ねてやってきた。

「なまえちゃん、昨日はごめんね。山岳が色々したみたいで」
「いや、私が勝手にキレて帰っただけだから。ていうかどうして宮原さんが謝るの」

宮原さんは本当にごめんね、と言うと少し苦笑いしながら私の持っているクッキーを指差した。

「それね、山岳がなまえちゃんにって」
「は?真波くんが?」
「そうなの。山岳ったら、昨日図書室まで来て、私に『どうしよう、みょうじさん怒らせちゃった』って」

宮原さん曰く、このクッキーは真波くんからのお詫びの品らしい。
昨日私が帰った後、プリントを持って真波くんは宮原さん(放課後は図書室にいたらしい)のところまで行くと、私を怒らせた旨を伝え、どうしようと言ったらしい。
その流れでプリントは終わらせたのだが、あまりに真波くんが私のことを気にしているので、何かプレゼントをしてはどうかとアドバイスしたのだそうだ。
それを聞いた真波くんは、部活終わりにこのクッキーを買ってきて、今朝私が来る前にこれを置いて行ったらしい。

「多分、部活の先輩にもアドバイスしてもらったんだと思うわ。山岳一人じゃ絶対にこんなの選ばないと思うし」
「…はぁ」

こんなものもらったところで、正直真波くんの好感度は上りも下りもしないのだけど。


その日から、毎朝机の上にラッピングされたお菓子が置かれていることも、真波くんが少し離れたところからそれを見た私の様子を伺っていることも、私はまだ知らない。
宮原さんは「変なのに懐かれちゃったわね」と笑うのだが、その線だけは絶対にやめてほしいと思う。

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