誰よりも君が好きだからこれからも見つめていていいですか

環境委員会はなかなかに楽しい。
他の学校では「飼育委員会」だったり「緑化委員会」だったりするけど、あいにくうちの学校に動物はいないし、緑化というほどの活動をしているわけでもないから、環境委員会で丁度いい感じだと思う。
仕事内容はそれなりにあるけど、毎日やっているのは花壇の花の水やり。
毎朝みんなよりも少し早く来て、じょうろに水を汲んで、結構な広さがある花壇に水を撒く。
水を汲んで花壇に辿り着く頃には、すでに朝練を終えた運動部の人達がちらほらいるけど、人があまりいない中庭はとても静かで、わたしは一人でひっそりこの静寂を楽しむのだ。
でも今日は、一人じゃなかった。


「…ねぇ」
「へあっ…」

背後からいきなり声を掛けられて、思わず変な返事をしてしまった。
振り返ると、少し眉間に皺を寄せた同じクラスの佐久早くんがいた。

「さ、佐久早くんかぁ、びっくりした」
「……声掛けちゃいけなかったの」
「ううん、この時間ってあんまり人いないからびっくりしただけだよ。おはよう佐久早くん」
「…おはよ」

佐久早くんはポケットに手を入れたまま私を見下ろして、少しだけほっとしたような顔をした。
と言っても、佐久早くんは大抵マスクをしているから表情なんてわからない。しかも佐久早くんと話すのは下手したらこれが初めてかもしれない。

「佐久早くんバレー部だもんね、すごいねぇこんな時間から」
「…まぁね。て言うかそれはみょうじも同じじゃん」
「あはは、私は佐久早くんみたいに部活とかじゃないからそんなことないよ」

でもありがとう、と言うと佐久早くんは黙って私の隣にしゃがみ込んだ。
いつもなら私が教室に行く頃に自分の席で死んだように黙っているのに、今日の佐久早くんはどうしたんだろう。誰かとお喋りしたい気分なのかな。

「…いつも、ここで水やってるよね」
「うん。お仕事だし、楽しいよ」
「……水やった後さ、しばらく黙って花見てるじゃん」
「ど、どうしてご存知なの…」
「体育館から見える」
「さ、さいですか…」

佐久早くん、私を眺めていられるほど余裕があるのか。すごいなぁ運動部は。私なんか体育だけでヒイヒイ言ってるのに。

「毎日ね、少しずつ伸びてくのが嬉しくて、ついつい眺めちゃうんだよね」
「…へぇ」
「いろんな花を見て回るのも楽しいよ」
「……よく委員会なんて楽しいと思えるね」
「あはは、それにほら、普段はあんまり喋らない佐久早くんともこうやってお喋りできたし」
「…」
「佐久早くんが声掛けてくれて嬉しかったよ、私」

佐久早くんはいつも静かだし、なんだかみんな取っつきにくいって言っていたから、てっきり私もそうなんだと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
あんまり表情は変わらないけど、ちゃんと喋れば返してくれるし、喋ったことはあまりないけど会話だって普通に続いた。

「…別に。通りがかったから声掛けただけ」
「それでも嬉しいよ、ありがとね」
「………むしろ俺の方が…」
「ん?」
「…なんでもない」

そう言うと佐久早くんは立ち上がった。流石に私と喋るのに飽きたのかな。あんまり面白いこと言えないしなぁ。

「…先行くから」
「うん、後でねー」
「……また、明日も来ていい?」
「え、うん、もちろん!」
「…うん」

じゃあね、と言って佐久早くんは歩き出した。
なんだ、佐久早くん普通に優しい。いつも不機嫌そうな顔してるけど、あれがきっといつもの表情なんだろう。
今度教室でも話しかけてみようかな。バレーの話とかしたら佐久早くんも楽しいかな。

後日そのことを古森くんに話したら、古森くんは笑いながら「佐久早が優しいのはみょうじさんくらいだよ」と言った。
そんなこともないと思うんだけどなぁ。

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