花葬の人よ、美しくあれ

「あぁああぁあああなまえさん!大丈夫ですか!?」
「おえぇええぇ…うえっ……だいじょうぶ、じゃ、ないか…うっ」

手を当てた口からは次々柔らかい花弁が溢れていく。
カラフルだなぁ、なんて思う余裕が生まれるくらいに、私から生み出される花には慣れてしまった。

「待っていてください、今袋を持ってきますから!!」
「おねが、う、え……」

マシュちゃんが駆け出していく。生理的な涙で霞む視界の中で小さな背中がきえていく。
…そして、何故か戻ってきた。背後に大男を連れて。

「何かあったら大変なので、私が戻るまでランスロット卿が側にいます!」
「おお、これはまた…大丈夫ですか、レディ」
「私としてはランスロット卿がいるほうが不安な気もしますが、やむを得ません!」
「ぐ、…そこまで信用がないのは流石に応えるな…」
「頼みましたよ、お父さん!」
「うぐっ…あぁ、任せなさい」

マシュちゃんは今度こそ踵を返していった。
心なしかランスロット卿の頬が緩んでいる気がする。子供に頼られると親は嬉しいよね。

「さぞ辛いでしょう。背中を摩っても?」
「う、お、お願いしま、うぇ…」
「それでは、失礼」

ランスロット卿の大きな手のひらが背中を往復する。
思いの外優しい手つきだな、と思ったけれど「あの人はきっと女ならなんでもいいんです」というマシュちゃんの言葉を思い出して少し頭が痛くなった。

「…あ、ちょっと治ってきた、ような気が…うっ…」
「まだ顔色が悪いですよ、無理はされない方が良いと思いますが」
「魔力が枯渇してとても動けない、です……」
「あぁ、…この花は全て貴女の魔力でしたね、ロード・エクリプス」

私は、生前魔女として魔獣エクリプスを討ち取り、その魔獣の呪いで花を吐く。
このカルデアにサーヴァントとして召喚された今でも、私は不定期に魔力を花として吐き出し続けている。

「吐き出したものは、また食べれば魔力として吸収できるんですけどね…流石に吐き過ぎて一々死にかけるのも辛いというか…」
「まさに生ける魔力タンク、ですか」
「まぁ、誰も嘔吐物なんか食べたくないでしょ…おぇっ」
「あぁ、大丈夫ですか」

腹の底から込み上げる気持ち悪さに体を丸めて唸る。
ランスロット卿の表情は見えないけれど、背中には変わらず大きな手が添えられている。

「…嘔吐物ですらも美しいのですから、きっと貴女という存在全てがその花のように美しいのでしょう」
「はぁ…こんな、嘔吐する女にも口説き文句……流石、ランスロット卿」

口説き文句にしては気持ち悪いし。
そう呟けばランスロット卿は喉を鳴らして笑った。

「炉に焚べるくらいなら、いっそ私が全て食べてしまいましょう」
「きも…あっ、すいません…でも気持ち悪い…おぇぇえええぇ」
「ははは、遠慮がないところも貴女の魅力です」

何だか今ので全てを吐き尽くした気がする。
焼けるように痛む喉と、異常に重い体がもう出せるものはないと悲鳴を上げている。
背中を丸めてぐったりした私を、ランスロット卿は抱き抱えた。

「眠れるようなら眠って下さい。後は私にお任せを」
「……食べちゃ、駄目ですからね…」

段々と瞼が落ちていく。
ランスロット卿は私が意識を失う瞬間まで、優しく微笑んでいた。
気持ち悪いまでの花の香りに包まれて眠るのは、とても気分が悪い。





「…ふむ」

彼女は食べてはいけないと言ったが、それは恐らく無理な話だろう。
不気味な程に甘い匂いを漂わせている花に囲まれていると、段々と頭に靄がかかっていくようだ。

「申し訳ありません、レディ」

摘んだ赤い花弁は絹のような肌触りだった。それをそっと食む。酷く甘美で、いっそ毒だ。
魔獣に蝕まれたこの魔女は、一等美しい花を生み出す。
当然だ、彼女自身が一等美しいのだから。美しいものからは美しいものしか生まれない。

「…あぁ」

なんて貴女は美しいんだろうか。
きっと、彼女自身を食んだなら、この花弁以上に甘いのだろう。

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