土塊の人形でも妻だった

死んだ妻を造った。

「クー、あなたなんてことをしてしまったの」


女の癖に足癖が悪く、野蛮で、自分勝手でどうしようもない、でも妻だった。
妻が死んだのは随分と前で、声はおろか顔すらも最早朧げに憶えているのみだ。
それでも、あいつの墓をめちゃくちゃに掘り起こした時、当然のように隣にいたはずのあいつが側にいないという違和感を思い出した。
小さくなった骨を抱え、持ち帰り、魔術でなんとかなるものかと妻の骨に肉を与えた。
もしもまた人の形になって俺の隣に立とうものなら、酷い罵声を浴びせて罵ってやろうと思って。

斯くして黄泉還りは成功した。
だが妻は、どうやら人の形を取り戻したものの、心を造るものが足りなかったらしい。
妻は、生前の勇ましさなどなく、ただじっと俺を見上げると、喉を震わせた。微かに俺を責めるような声音だった。

「なんだ、それが態々蘇らせてやった亭主に対する態度かよ」
「私は一度もこの世に戻りたいなんて願ったことはないわ」
「…別にテメェの意見なんぞどうでもいい」
「…あなた、昔より、…」

妻は口を噤んだ。昔の妻なら、ありえない行為だ。
妻は俺に対して遠慮はしなかった。言いたいことがあれば、俺の足を蹴り上げて胸倉を掴んできたというのに。

「…言いたいことがあるなら言え。気持ち悪い」
「……あなた、昔よりもずっと暴君のちゃらんぽらんになったわ」
「テメェ殺すぞ」
「あら、いいわよ」

さあ、と言わんばかりに俺の手を持ち上げて自らの首に添えた妻は、じっと空色の瞳で俺を見つめた。責めるような視線は、変わらずに。
俺の手首を包んだ小さな両手は、案外力が強い。

「あなた、妻の願い事くらい黙っていても察しなさいよ」
「…」
「少なくとも、蘇りたいとか、あなたが王になることだとかではないわ」

そう言って俺の腕を手放すと、妻は足音もなく踵を返して歩き出す。
その後をついていくと、暫くの沈黙の後、妻は小さく笑った。
顔は見えないが、恐らく笑っていたのだろう。

「…この感じ、あなたが黙って私の後ろをついてくるの、懐かしいわ」
「そうか」
「あなたが急に何も言わずに出て行って暫く帰らなかったから、私かんかんだった」
「…」
「そうしたらあなた、焦りながら私の周りをついて回って、それで私、あんまりおかしくって笑っちゃった」

確かに、そんなこともあった気がする。
ふとその時の妻の困ったような顔が浮かんだような気がして、顔を上げる。
目の前には、いつの間にか青空の下陽の光を浴びてこちらを見つめる妻がいた。

「…あなた」

妻が、俺を呼ぶ。だから、妻の元へ行く。
当たり前の行動のはずなのだが、徐々に妻の顔にひびが入っていく。

「…顔が」
「私、生者じゃないから。お日様を浴びる権利はないのよ」

ぼろぼろと崩れていく。砂のように、泥のように。妻が、壊れる。

「いいのよ、これで。あなたに私は必要ないわ」
「…テメェが決めんな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」

妻は少し顔を綻ばせると、地面に座り込んで隣を叩く。
素直に隣に腰を下ろすと、妻は肩に凭れかかった。

「あのねクー、この身体に詰まっているのは泥と砂ばかりよ」
「あぁ」
「だからね、私とあなたの妻であった私は違うの」
「あぁ」
「それだけじゃ、ないわ。あなたがまた私を造ろうとも、それはわたしじゃないのよ。どれだけ私を造ったってそれは同じ」
「あぁ」
「一人として、私と同じ私はできないのよ」
「あぁ」
「思い出して。…私は、もう、お墓の下で冷たくなっている、ただの骨よ」
「…あぁ」

お前に言われなくても、知っている。

「…あなたがそんなだから、私、いつまで経ってもあの世に行けないわ」
「…そうか」
「…大丈夫よ、あなたなら大丈夫」
「…あぁ」
「…なんたって、あなたは、わたしの…」

言葉は途切れ、最期の妻の欠片はあっけなくも風に吹かれて飛んでいった。

「……傲慢で、不遜で、強い、最高の愛おしい王、だったか」

妻の肯定は聞こえない。
見上げた空は、妻の瞳のように青く、いつまでも澄んでいた。

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