ぬるいココアと焼きたてクッキー

「弔くん、あたし高校は雄英受けるよ!」
「は?」

目の前でチャカチャカココアの入ったマグカップを掻き混ぜていた弔くんがスプーンでマグカップの底を叩き割った。
うわ怖い、そのマグカップお気に入りだったのにちくせう、とか思う前に胸倉を掴まれた。

「お前何言ってんの?」
「え、もっかい言わなきゃだめなの?あたし高校は雄」
「だからそれはわかってるから」
「うぎゅ」

親指と人差し指と中指で頬を潰されて変な声が出た。
それを見て弔くんは手の平の隙間から目だけで笑ってみせたけど、何だかものすごく馬鹿にされてる気がする。気がするってか馬鹿にされてる。

「お前が高校行けるわけねぇだろ」
「いや、あたし弔くんが思ってるほど馬鹿じゃないから!今の学力と個性の様子だったら余裕だって先生が、ふぐっ」
「頭の話してるんじゃねぇよ」
「は、はいでふか…」

はぁ、と弔くんは大袈裟に溜め息を吐いて椅子に腰を下ろした。
これ以上弔くんの地雷を踏み抜いたら今度こそ顔面辺りから破壊される。弔くんすぐあたしの顔掴みたがるし。

「お前は中学卒業したら俺と来るんだよ」
「ど、どこに…?」
「お前もヴィランの仲間入りだ」
「い、いやだー!!」
「何でだよ」

弔くんの投げたスプーンが頭にクリーンヒットした。痛い。
彼の機嫌はジェットコースターばりに急降下しているようで、椅子に座ったまま向かいにいるあたしの脛を力いっぱい蹴っている。もういろんなところが痛すぎてどこが痛いのかわかんなくなってきた。

「せ、先生が、私は頭空っぽだけどヒーローの素質あるって!」
「それ褒めてんのかよ」
「た、多分!」
「つーかお前餓鬼の頃大きくなったらヴィランになって俺のこと助けるとか妄言ほざいてただろ」
「い、いやでも…」
「…嘘吐くのかよ」

がりがりと弔くんが首を掻く力一杯掻くうわぁ痛そう、いやそうじゃなくて。
うーむ、嘘吐きはヴィランの始まりって誰かが言ってた気がするし(言ってない)なぁ。弔くんは何だかんだ言ってあたしの面倒を百三十五分の一くらいの確率で見ていてくれたしなぁ。お世話になってんだかなってないんだかわかんないけど。

「お前、俺のこと好き好きーってほざいてたくせに」
「うーむ…」
「なまえのくせに、なまえのくせに…」
「いだ、痛いよ弔くん!」
「お前は黙って俺に蹴られてりゃいい」
「ジャイアンもそんな酷いこと言わないよ!」
「…」

アッ、最後の地雷踏み抜いたみたいです隊長!いもしない隊長に心の中で敬礼してみる。
私の足を蹴ることも忘れてひたすらに首を掻く弔くんはあたしが小さい頃からずっと変わってない。
あたしでさえちょっとずつだけど大人になってるのに、弔くんは体だけ大きくなって中身は下手したらあたしよりもずっと子供かもしれない。小さい頃は弔くんに蹴られて泣いてばかりだったけど、蹴られ続けてる内に段々慣れた。

「お前もオールマイトなんかのところに行くのか、お前も…」
「い、いや、まだ学校行くとか以前に試験すら受けてないし、」
「結局はお前もセイギノミカタの方が好きだってことか…」
「…弔くん」
「………あ?」

本当は雄英高校を受けてこれを機に弔くんともおさらばした方がいいんだろうけど、けど!

「あたし、やっぱり雄英いかない」
「…は?」
「普通の高校受けて、学校通いつつ弔くんの手伝いするよ!」
「…お前さぁ」
「?」
「…やっぱなんでもねぇわ……」

はぁ、と大きな溜め息を吐いた弔くんは、掻き毟っていた首から手を離して、暫く彷徨わせてからちょいちょいと手招きをした。
素直に近寄っていくと、いきなり胸倉を掴まれたと思ったら引き寄せられて、そのまま両頬を抓られた。

「い、いひゃい…」
「馬鹿じゃねぇの、ほんと頭すっからかんだよな、どこに脳みそ置いてきたんだよ」
「ひどい!!」
「酷いじゃねぇよ。お前は一生そのまま俺のココアでも作っとけ。頭すっからかんなんだから」
「ココア毎日作ってたら飽きない?」
「うるせぇな飽きねえよ」
「アッハイ」

そう言いつつも弔くんは、言われた通りココアを作り続けた私に一週間後スプーンを投げたのだった。ほらねやっぱり!

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