超弩級戦艦牛島若利

「…提督、艦隊が帰投したぞ」
「ん。……早いな」

ノックも無しに扉を開けるのはうちの鎮守府では牛島だけだ。あの豪放磊落の金剛でさえもノックは欠かさないと言うのに。彼女は女の子だからだろうか。男女差?

「どうだった。今までと違って少しは手応えがあったか?」
「いや、今回も余裕があったな。ただ、五色はいつも通り被弾率が高かった」
「後で俺からも言っとくけど、五色と出撃する時は単独行動は許すなよ。全て作戦通りに大平と庇い合ってやって」
「大平はともかく、俺が前に出ると更に五色の被弾率が上がる」
「…あー、そこら辺は今度から白布にでも手綱握らせといて」
「わかった」

牛島によると、五色は今回のモーレイ海出撃で軽くだが怪我をしたらしい。
五色の練度なら余裕もあるかと踏んでいたが、やはりあいつは少し冷静さが足りない。
重巡洋艦の五色は、火力だけを見るなら戦艦にも劣らない。ただ、装甲が薄く回避率も極端に低い。避けろと言ってもあいつは素直に避けた試しがない。
おそらく、敵艦の攻撃が直撃するのを物ともせずに、ただ敵を轟沈させる牛島の姿があるからだろう。

「あれは最早病気だな…」
「…五色は病気なのか」
「いや、…あれだからな、言葉の綾だからな」
「コトバノアヤ?」
「そうそう」

勢いよく首を傾げた牛島の動きに多少ビビりながら補足をすると、ゆっくりと牛島の首は元の角度に戻された。
毎度ながら、こいつは俺より大きいなりをして仕草は子供のようだと思う。特に今のような首を傾げる仕草はいつ首がもげるかとひやひやするので切実にやめてほしい。

「そう言えば、お前らが出てる間に雷と響が来たよ」
「そうか」
「お前らに肩車されるのが楽しいんだと」
「そうか」
「いいよなぁ。俺、お前より13cm低いもんな」
「…そうだな」

ふと牛島の顔を見上げると、牛島はぼんやりと俺の顔を見つめていた。
窓からの夕日を受けて鈍く光る金色の瞳が、俺はあまり得意ではなかった。艦娘にはない鋭さというか、何となく物怖じしてしまうというか。
別に金剛達にそれがないとは言わないが、それでも牛島のそれは何かが違うと思う。

「どうした?MVP泥棒のお前がまさかとは思うが疲れたか?」
「……」
「…牛島?」
「…いや、疲れてはいない」
「そ、うか。ならいいんだけど」

すでに牛島は艤装を外しており、帰投した他の艦娘達の声も遠い。夕飯の支度が始まっているのだろう、少しずつだがここにも美味そうな匂いが漂ってきている。
今は、他の奴らは各々のしたいことを出来る時間。余程暇か用事でもなければ、俺のところへはほとんど誰も訪ねてくることはない。
…これは不味い、気がする。

「お、お前は、いいのか」
「何がだ?」
「ふ、風呂とか」
「…気になるか」
「いや、別に、お前は休まなくて、いいのか、な、て…」

机を挟んで立っていた牛島が、見る見るうちに目の前までやってきた。
鷲を思わせる目に見つめられると、まるで金縛りに合ったように動けなくなった。これはあれか、人間の中に残る野性的な恐怖心ってやつか。

「う、うしじま…?」
「提督」
「な、何だ」
「……」
「な、何だよ…」

なんだその熱い視線は。

「…俺は、」
「…お、おう」
「俺は、今日もMVPを、誰よりも獲った」
「…おう」
「深海棲艦も、出来得る限りに沈めた」
「…」
「仲間を庇った」
「牛島」

思わず立ち上がる。俺は勘違いをしていたようだ。
近くで見ると、牛島の頬には赤い線が幾つか走っている。大きな手の平にも、火傷のような痕が薄く、残っている。
牛島がこんなに体中に傷を残してまで戦ってくるのは、きっと、自惚れなんかじゃなく、俺の為だろう。

「よくやった」
「…」

だから俺は、毎回でもこの言葉を投げかけて、牛島を労わるべきなのだ。牛島だけに限った話ではないが、最近は練度を上げる為に牛島率いる艦隊の出撃を多くしてきた。
人間の体を持って俺の前に現れた以上、こいつも、俺と何一つ変わらない"人間"だ。

「お前は、いつもよくやってくれてるよ。お前のお陰で、今日も誰ひとり怪我なく帰投できた」
「…あぁ」
「ありがとう、牛島」

牛島の高い位置にある頭を抱え込んでわしゃわしゃと掻き撫でる。犬にするようで雑だと散々暁や霞には文句を言われるが、これをして嫌な顔をした艦娘はいない。
褒められて嫌な奴なんて、うちには一人もいやしないんだ。

「…俺の、お陰か」
「おう」
「…そうか、お前の役に立てたのなら、…嬉しい、と思う」
「よしよし。時に牛島」
「?」
「知ってるか、今日の夕飯はハヤシライスだそうだ」
「!」

がばりと顔を上げた牛島に犬の尻尾のようなものが見えた気がした。
189cmの巨体に尻尾も悪くはないかと思うあたり、俺も少し疲れているのかもしれない。

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