元気な後輩と読めないライバル、時々俺

「俺、牛島若利嫌いです!!」
「そう言うなよ、彼も悪気があって言ってる訳じゃないんだから…」

不機嫌に頬を膨らませる後輩の背中を叩くと、せんぱぁい!!と何故か怒りの矛先が俺に向いた。ちょっと最近後輩の地雷がわからないかな。

「それなりに優秀なセッターいるのに、先輩をウチから奪っていこうとするあの姿勢が嫌です」
「うーん…まぁ俺、及川くんの代用品みたいなもんだし…」
「だからなんでそんなネガティブなんですかせんぱぁい!!」
「ちょ、怒んないでよ、ここ廊下だし声大きいから」

宮城代表チーム白鳥沢の試合を見終わった時、ちょっと自販機で飲み物を買ってくると言ったら「俺が先輩の護衛します!」と意気込んでついてきた後輩は、今は何故か俺に向かってキレている。
普段は良い子なのだが、一度頭に血が昇ると人の話を聞かなくなる節がある。もったいない、頭は悪くないのになぁ。

「ていうか、護衛ってなに?」
「何って、先輩何のん気なこと言ってるんですか!!」
「だから声大きいって」
「牛島若利もここにいるんですよ!?もし出会っちゃったらどうするんですか!!」
「ねぇ一旦落ち着こ?」
「俺が何だ」
「ウワァアアアアア牛島若利!!」
「ねぇ彼先輩だよ、わかってる昴くん?」

背後から聞きなれた重低音がしたと思ったら、後輩は素早く俺の後ろに隠れて威嚇を始めた。
毎回思うけど、一年下である後輩にフルネームで呼び捨てされても未だに一度も怒らない牛島くんって、普通にいい人だと思うんだよね。
牛島くんは頭の上にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな顔で後輩を見つめて、そして俺をゆっくりと見た。

「…みょうじ、なまえ」
「あー、牛島くん、お疲れ様だね」
「別に疲れてはいないが」
「テメェ先輩が心配してんだぞ感謝ぐらいしろよ!!」
「昴ちょっと黙って」
「ウィッス」

本当に、ウチの後輩達は礼儀を知らないのかな。部長の顔が見てみたいわ。俺か。

「ごめんね、生意気な後輩ばっかりで…」
「元気なことは良いことじゃないのか?」
「ほんとに君いい人だよね…」
「?」

思わず頭を撫でてしまいたくなる衝動をぐっと堪える。すぐに後輩に接するみたいになるところ、直さないといけない。
牛島くんはちらりと後輩を見ると、少し驚いたように目を見開いた。

「夜鷹昴、お前また背が伸びたのか」
「はん、来年にはあんたを追い越す勢いで伸びてるぜ」
「そうなんだよね、俺ももう追い抜かされそう」
「先輩は追い抜かしたくないっスー!!」
「言っていることが矛盾しているぞ」
「気にしないであげて」

うわーん、と腰にしがみ付いた後輩は、今年の4月で187cm。俺が189cmだから、もう来年には追い抜かされて、見下ろされる側になるだろう。

「追い抜かされると言っても、お前もまだ成長途中だろう」
「うーん、俺的にはもう止まってもいいんだけどな…」
「その高さがあれば、スパイカーも出来るんじゃないのか」
「……いや、俺、肩強くないからさ」

始まった、牛島くんの白鳥沢アタック。
またかぁ、と苦笑が溢れるが、牛島くんはさして気にしたようでもなかった。

「お前は白鳥沢に来るべきだったな」
「その言葉、俺より及川くんに言ってあげなよ。俺は彼ほどは上手くないし」
「確かに技術は及川に劣るかもしれないが、及川にはない柔軟性を持っている」

あーあーあー。
やめてやめて俺を彼と一緒にしないでよ。だから俺及川くんみたいな秀才でもないし君みたいな天才でもないからさぁ。

「お前は、チームメイトに及川程の拘りも執着もないだろう。だから客観的に見て、機能的にチームを動かせる」
「…あのね、牛島くん」
「なんだ」

腰に抱き付いたまま牛島くんを睨み上げる後輩の肩を掴んで、笑う。
俺が、チームメイトに執着していない?

「残念だけど、俺が絶対的に信頼してるのはこいつだし、俺がトスを上げるエースはこいつだけなのね」
「せんぱぁい…!!」
「確かに技術もまだまだだし、至らないところが多いから牛島くんには遠く及ばないけど」

昴には昴の、牛島くんに負けない良さがある。

「それに牛島くんには、もう優秀なセッターがいるじゃない。俺がいなくたって、困りはしないでしょ」

どうせ、白鳥沢に行ったところで、及川くんの次はあの1年セッターの子の代用品。
どこまで行っても牛島くんにとって俺は2番手なんだろうね。

「今年も頑張るから、足元には気を付けてね」

笑いながら、牛島くんの隣をすり抜けた。
あーあ。自販機、牛島くんの方向なのになぁ。お茶飲みたかったなあ。
思えば、俺が牛島くんに啖呵を切ったのはこれが初めてなような気がする。
成長したなぁ、俺。

「せっ先輩!おれ、俺、エースですか!?」
「あー、さっきのは忘れて」
「忘れねぇっス、先輩が俺のこと褒めてくれたんスもん!」
「もっと褒めて欲しかったら静かにすることを覚えてね」
「うっす…」

しょんぼりと小さくなった187cmの背中は、何だか中学時代に俺を白鳥沢に誘って断られた牛島くんの背中を彷彿とさせた。



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先輩…新潟県の代表チームの主将。ゆるい。牛若にとって自分が及川の代用品であることを理解している。
夜鷹昴…先輩大好き1年生エース。おつむが残念。成長痛と日々戦ってる。

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