好奇心であなたを殺した

本当に、ふとした時に思いついた、彼女にとっては最低最悪の嫌がらせだった。まぁ、私にとっては他の何とも変わらない愛情表現の一つに過ぎないのだけれども。
彼女の控えめな笑顔や、怒りに震える眉、集中している時の揺るぎない瞳。どれを取っても愛らしいけれど、"それ以外"の感情が見てみたかった。

彼女が顔を涙で濡らす姿が見てみたい。声を嗄らして悲しみに咆える姿が見てみたい。混じり気のない絶望に縁取られた瞳が見てみたい。
しかし彼女の冷たい涙を拭いたくはない。悲しみに震える背中を見たくはない。絶望など与えたくはない。
そんな矛盾撞着した感情を長いこと抱えていた私に、遂にその葛藤に止めを刺す転換点が訪れた。





何も告げぬまま組織を抜けて早四年、愛おしい恋人が、私の前に姿を現したのだ!


「っ太宰…!!」
「…嗚呼、…なまえ!」

しゃんと伸びた立ち姿。己にも他者にも甘えを許さない鋭い瞳。度々私の背中を叩き叱咤した白い掌。きつく結ばれた口許。
私の愛したなまえが、四年前の姿のままで、私の前に現れた。
今すぐにでも駆け寄って、あの細い体躯を力一杯抱き締めてしまいたい。きっと彼女は人前で何とはしたないことかと私を殴るのだろうけれど、彼女の照れ隠しで殴られることが、私は存外嫌いではなかった。

「…ずっと君に逢いたかった、また君を抱き締めたいと思っていた!君を忘れたことなんて一瞬も、」
「……どの面を下げて私の前に現れた…っこの裏切者め!!」
「…なまえ」

私は彼女の表情を見て、ぞわりと背中に何かが走ったのを肌で感じた。
なまえの瞳は、怒りと悲しみが綯交ぜになった激しい感情を湛えて私を睨んでいた。心なしか、薄い涙の膜が張っているようにも思う。
嗚呼、そんなにきつく手を握っては、爪の痕が残ってしまうと言うのに。感情が昂ると手を握るのは、彼女の昔からの悪い癖だった。

「何故何も告げずに私の前から消えた!?何故今更そんな声音で私の名を呼ぶ!?貴様に呼ばれる名など持ち合わせておらぬわ、この嘘吐きめが…!!」
「…うん、済まない」

なまえが私に向かって咆える。今までに見たことのない怒りの形相に、思わずぶるりと身震いをする。
憤怒の限りを叫ぶ彼女だが、その瞳の奥には深い悲しみと私に対する愛おしさが在ることを知っている。
その証拠に、彼女の目の縁には今にも零れ落ちそうな程涙が溜まっている。

「貴様は必ず私がこの手で始末する!芥川にも、中原にも貴様の頸をへし折る役目は譲らぬ…!!」
「…うん、君に殺されるなら、私は本望だよ」
「っそんな目で私を見るな!!約束も守れぬ裏切者が!!」
「…やくそく」

組織を抜ける前、私はなまえに一つ、約束をした。
何があっても離すことはしない。死ぬときも、死んだ後も永遠に共にあると。そう誓った。

「……あの約束を違った積もりは、私にはないんだけれど」
「何を言う!?現に貴様は組織を抜け探偵社に行ったではないか!!」
「私は、君を離した積もりは毛頭ないよ」

そう告げた途端、なまえの表情が凍り付いた。そんなに私は恐ろしい顔をしていたのだろうか。
一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めていく。彼女の握った銃が胸に当たった。なまえの指を解いて行く。抵抗はされなかった。

「私は、死んでも君を離さないよ。言っただろう、地獄の底まで君を連れて行くと」
「…だ、ざい…」
「昔のように治と呼んでおくれよ」

固まってしまったなまえの体を抱き締める。冷え切った彼女の体が少しでも温まればと、力一杯抱き締めた。

「は、なせ…やめろ…太宰……!」
「大丈夫、何も心配することはない。君も組織を抜ければいい。私と共に行こう」
「厭だ……治…!!」
「私を信じて。君は必ず命に代えても私が守るよ」
「…治……」

私を見上げる瞳を満たしていた感情は、確かに絶望だった。
何となく満たされた心に満足しつつも、私は首を捻らずにはいられなかった。
この姿だけ見ると愛し合う恋人達の其れだと言うのに、恋人達の温もりや温かさが欠片も感じられないのは何故だろうか。
私の心はこんなにもなまえへの愛で充ち溢れていると言うのに。

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