君のためのちっぽけな革命

「ねぇ克明くん、家出しよう」
「どうしたんですか急に」
「わたし、この村より克明くんの方が好きだし大事だもん」
「…みょうじさん…」

まだあどけなさが残る顔を俯かせた克明くんの頬は、少し赤かった。
家から走ってきたからかな、と思いつつ彼の白い手を握って、再度語りかけた。

「ね。わたし達がもっと大きくなったら、一緒に家出しよう」
「みょうじさん、突拍子もないことを言いますよね」
「突拍子なくても良いよ。約束だよ」
「…忘れないと良いですね」







「…なんてこともありましたね、覚えてますか」
「わ、わたし、そんなこと言ったっけ…?」
「言いましたね、家の裏で」
「お、覚えてないよ…」

逃げたい気持ちを抑えて首を振ると、目の前の克明くん、基宮田くんは大きく舌打ちをした。怖い。
小さい頃は取っ付きにくい子ではあったけれど、根は優しくていい子だったのに。時間の流れって怖い。

「まぁ、貴女が覚えていようが何だろうがどうでもいいんです」
「は、はぁ...」
「約束を果たす時がやってきました」
「宮田くん熱でもあるんじゃあ...」
「私は医者ですよ」

する、と頬を滑っていく宮田くんの掌はとても冷たかった。
思わず後退ると、宮田くんの顔が歪んだ。うわぁ、いつもより怖さ3割り増しだぁ...。

「何故逃げるんですか。...私のこと、嫌いになりましたか」
「えっ」

つっと歪められた顔は、昔見た幼い彼そのもので、何故かわたしに罪悪感を抱かせた。
わたしを見つめる目から逃げたくて俯くと、がしり、と顔を掴まれて目線を戻された。

「...忘れてしまった約束に意味はありませんね」
「み、宮田く」
「死にます」
「なんてこったい!」

なんだか宮田くんの目が虚ろだ。
しかも死ぬといっているのに締めているのはわたしの首だ。

「私が辛い時は私が元気になるまで何でもお願いを聞いてくれるって言ってましたよね」
「な、何でそんなこと言っちゃったんだわたし...!」
「とても辛いです。みょうじさんにとってきっと私なんて取るに足らない存在なんです。辛いのでみょうじさんを殺して私も死にます」
「うぐぐ...し、死ぬなんて言わないでよ、そんなことないよ!」

力を振り絞って宮田くんの腕を掴むと、彼は驚いて身を引こうとした。
それを許すまいと、今度はわたしが目を見開いた宮田くんの顔を掴んで引き寄せた。ちょっとでも動けば鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離だった。

「み、宮田くん!...ううん、克明くん!」
「は、はい」
「わたし、克明くんのこと、大好き、だよっ」
「!」

あぁ、いい歳して何をしてるんだわたしは...。

「克明くんのことどうでもよくないし、取るに足らなくないんだよ!」
「!!」

最後に、と羞恥心を我慢して宮田くんの額、頬へとキスをする。
昔、宮田くんが落ち込んでいたり、元気が無かったりすると、こうして励ましていた、はず。
小さい頃は、恥ずかしげもなくこんなことしてたんだなぁ...。

「えと、うん、...な、何かあったなら、話聞くし、相談乗るよ」
「...」

宮田くんは白い顔を真っ赤にして、どこか宙を見ていた。
何となくぽやーっとしていて、本当に熱があるのではないかと心配になる。
目の前で手を振っても反応が無かった。

「...宮田く、......」
「...」

心配になって顔を覗き込むと、優しく唇を重ねられた。
突然のことに驚いて目を見開くと、ぼんやりとしていて焦点の合っていない瞳と視線が絡んだ。何かのスイッチが入ってしまったような、熱に浮かされた目だった。
やわやわと唇を食まれ、時々角度を変えて。
逃げようにもいつの間にか後頭部をがっしり押さえられていて、わたしは目を閉じて現実から目を逸らすしかなかった。

「...ふ、ぅう...」
「はぁ...」

ようやく解放された頃には、へろへろなわたしの精気を吸い取ってしまったように宮田くんは元気になっていた。

「みょうじさん、聞きたいことが」
「...ふぁい、何でしょ...」
「式はいつ挙げますか?衣装はドレスが良いですか、それとも白無垢ですか?」
「!?」

こ!今度は何を言い出すんだ宮田くん...。
羞恥心で熱を持ったわたしの頬を撫でながら、宮田くんは優しく微笑んだ。

「大きくなったら克明くんのお嫁さんになる、と言ってましたよね」
「え!?そんなの覚えてないよ!」
「まぁ、約束は約束ですから」

そんな小さい頃の口約束を守ろうとしているのかこの人は。
宮田くんなら、結婚なんてしようと思えばいつでも出来るだろうに、何でわたしなんだ。

「結婚したら、こんな村なんて捨ててしまいましょうね」
「...」
「おや、何故泣くんですか?大丈夫ですよ、貴女は私が守りますから」

そ、その後ろ手に持っているものは何ですか宮田くん...。
抵抗する間もなく腕を掴まれて、どこかへ引き摺られて行く。
どうやら、彼の思い通りに約束は守ることになりそうだ。

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