この世で最も残酷な魔女の願い、あるいはこの世で最も醜悪な神父の恋2

柔らかい頬をぐにぐにと弄って、引っ張ってみる。
神父さまと同じ顔をした、でも少し目つきの悪い悪魔は、私を見て困ったような顔をした。

「…アンタに触られてると、そこはかとなく浄化されてる気がするんだよなぁ」
「浄化て……私魔女ですよ」
「そもそもアンタ本当に魔女なのかも怪しいし…」
「正真正銘魔女ですよ、それも最低最悪の」

私の顔を覗き込んだ悪魔が、心底楽しそうに笑って見せる。
やっぱり神父さまと同じ顔をしていても、悪魔は悪魔なんだなぁ、と思いながら、にやりと笑った頬を無心で引っ張った。

「いだだだだ!ちょ、はなして、痛い!!」
「悪魔はやっぱり悪魔ですね」
「少なくともあの神父よりはまともなつもりだけど!?」
「なに言ってるんですか。神父さま見るからにまともじゃないですか」

少なくとも貴方よりはまともだと思います。えぇ。



悪魔は魔女狩りが始まった頃から私の周りをうろつくようになった。
曰く、私を魔女狩りから守ってやる。曰く、神父の信仰対象が変わりつつある。曰く、私が魔女でなくなりつつある。曰く、曰く、曰く、以下省略。

「私は別に使い魔とかいらないんです。静かに魔女狩りの人達を待っていたいんです」
「それが勿体無いって言ってんだよ!何でそんな力持ってるのに欲がないのかね…」
「私が生きていたっていいことなんてないんです…私は、生きていちゃいけないんです」
「何でそんなにネガティブなの」
「むしろ何で悪魔はそんなにポジティブなんですか…大体、ここ教会だし」

今私達がいるのは教会の外の泉が見えるベンチだ。
その丁度日陰になっているところで、何故か私は悪魔と並んで座っていた。

「だってさー、あの似非神父に騙されて祭り上げられてくアンタを見てたらなんか可哀想になったから…」
「悪魔に同情されるレベルで私は…」
「あれ、もしかして自覚ないの?アンタ、このままだと魔女卒業しちゃうよ?」

悪魔はぼんやりと泉を眺めながら私に言った。
意味がわからないと首を傾げる私を他所に、悪魔は喋り続ける。

「あの似非神父、何かに依存しないと生きていけないクソみたいな人間だからさ。依存対象がいるかどうかもわからんカミサマからアンタにすり替わってるのさ。気付いてた?」
「……何を言っているのかわかりかねます」
「いや、真面目にアンタこのままだとあいつの手で神格化しちゃうよ?いいの?」

赤い悪魔の言っていることはよくわからないが、要するに彼は神父さまをよく思っていないらしい。

「神を創り上げるのは力じゃない、信仰心なんだよ」
「…はぁ」
「例えどんなに醜いゴミだったとしても、万人がそれを神と言うならそれは神。救いを信じる心がものを神へと昇華させるのさ」
「…で?」
「似非神父の祭り上げ対象がアンタになってる」

だから、アンタがカミサマにされないように、俺が地面に足を着けて守ってやるって言ってんの。
悪魔が私に手を伸ばした瞬間、私達の背後で砂利を踏み締める音が聞こえ、悪魔が飛び退いた。



「あーもう、殺気ダダ漏れだっつーの似非神父!」
「悪魔なぞに彼女は渡さない。彼女は美しい光だからな」
「ほら意味わかんないこと言ってる!俺もうそのサイコパスの相手すんの嫌だよ!!」

神父さまの影が私に覆い被さって、それを見た悪魔は舌打ちを一つして空を飛んだ。
私は手を引かれて神父さまの後ろに隠される。

「し、神父さま」
「ん?何だ?」
「あの…手…」
「あ、あぁ!!す、すまない不躾なことをしたな!」

神父さまは顔を赤くして慌てて手を離してくれた。
別に神父さまに手を握られるのが嫌だった訳じゃなくて、ただ力が強くて痛かっただけなんだけどな…。

「サイコパスにも恥じらいの感情なんてあったんだー、兄ちゃん初めて知ったわー」
「悪魔に人間の感情は過ぎたものだぞ。そろそろ人間の振りはやめにしたらどうだ」
「お前こそ、善人の振りやめれば?正直キモくて吐く」

し、神父さまの口が悪い…。
というか、悪魔の言う兄ちゃんってまさか自分のこと?神父さまは人間なのに?

「ほらー、困ってんじゃんお前のカミサマ」
「貴様が地に還れば彼女の心も休まるだろう」
「意味わかんねぇし!ねぇ、ほんとに大丈夫?マジでコイツに潰されるよ?」

悪魔の本気で心配するような目を見つめ返しながら、私は神父さまの横に並んだ。

「心配ありがとう。でも、人を誑かして全てを奪う悪魔より、神父さまの方が信用できます」
「俺達側の存在なのに?」
「えぇ。私は、ここで魔女狩りを待ちます」
「後悔しない?」
「…多分」

悪魔を真っ直ぐ見つめ返すと、神父さまに再び手を握られた。
神父さまの顔を見るが、彼に表情はまるでなくて、感情を読み取ることは出来なかった。

「困ったらいつでも呼ぶんだよ、アンタの為なら飛んでくるから」
「…あんまりいらないけど、ありがとうございます」

心配させないように少し笑って見せると、悪魔も困ったように苦笑いしながら溶けて消えていった。

「……あのう、神父さま…」
「なまえ」
「は、はい?」

神父さまが真剣な表情で私の両手を包む。
青みがかった瞳の奥で、何かがゆらゆらと燃えている気がする。

「必ず君を幸せにしてみせる。今ここで、俺の神に誓おう」
「…は?」

ちょ、助けて、今助けて。神父さま怖い!

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