この世で最も残酷な魔女の願い、あるいはこの世で最も醜悪な神父の恋

※宗教松。カラ松があんまりイタくない。



「神父さま、こんにちは」
「あぁ」

長椅子に座っている神父さま以外は誰もいない閑散とした教会の中は、とても穏やかで優しかった。

「今日は3人、連れていかれちゃった」
「そうか」
「さみしいなぁ。どんどん仲間が減っていっちゃう」
「君は奴らとは違うだろう」
「同じだよ。何も変わらない」

今世間は魔女狩りの話で持ち切りで、沢山の魔女が処刑されている。
皆、身の回りに起こる全ての害悪を魔女のせいにして、魔女を処刑したがっている。
全ての魔女のことを知っている訳ではないから、絶対と言いきれはしないけれど、悪い魔女がいれば良い魔女だっている。所謂白い魔女だ。

「君は、半端者と違って本物の魔女だ」
「魔女に半端も本物もないよ。誰だって魔女になる素質を持っているんだから」
「俗世に染まった穢らわしい存在と君は違う」
「…神父さま、それは本当に違うんだよ」

私だって本来は狩られる側の存在で、今朝連れていかれた彼女達との相違点なんて何もない。
神父さまはことあるごとに私は他の魔女とは違うと言うけれど、魔女の存在を肯定するのは聖職者としてどうなのかなと思う。

「魔女の力の根源はみんな同じ、幸せになりたいって思う心なんだよ」
「だが、その願いは時と共に歪み、捻じ曲がっていくだろう」
「それはみんな一緒。もし、幸せになりたい願いが人の幸せを奪い始めたら」
「…奪い始めたら?」
「それはもう、化け物だよ」

化け物、という単語に神父さまは眉を潜めた。
静かに聖書を閉じてこちらへ向かってくる神父さまの顔は、表情こそないものの雰囲気が険しくて、私は内心しまったと舌打ちをしたくなった。

「君は、まだ自分のことを化け物と呼ぶのか」
「…神父さま、やっぱり私、みんなの為に処刑された方がいいと思う」
「君は何もしていないだろう。俺も見ていた」
「…私の魔法じゃ、人は幸せに出来ないから」

私の魔法は、人の命を奪うことしか出来ない。
加減をすることも出来ないし、楽な殺し方も出来ない。ただ、命を奪うだけ。
そんな私の元には、生きることに疲れた人や、どうしても未来に希望が持てない人達が訪れては、私を人殺しの魔女にさせる。
命を奪うことに疲れた私が処刑を求めて向かった教会にいたのが神父さまで、神父さまは私が魔女狩りに合うことをよく思っていないらしい。

「君は多くの人を救っているさ。我々には出来ない方法で、沢山の人を神の元へ導いている」
「…私ね、もう、死ぬ間際の人の顔って見たくないんです」
「…」
「私に殺してほしい人達は、死ぬ瞬間に安心したような顔して、そして後悔するの」

その表情を見た瞬間、私は心の底からその人を妬むのだ。
私に人殺しなんてさせておいて、後悔したような、悲しそうな表情をする人達が、私は羨ましかった。
私も楽になってしまいたい。人を殺めてしまう自分を忘れて、楽になってしまいたかった。

「…君が罪の意識を感じる必要なんて、どこにもないじゃないか」
「理由はどうであれ命を奪っていることに変わりはないの。私はただの人殺し」
「君は、この世で最も美しい魔女だ」
「神父さま、今更だけど神父さま聖職者だよね?」
「あぁ」
「…うーん」

やっぱりなんか違う気もするけど、今日もここで魔女狩りの人達が私を見つけてくれることを神さまに祈ろう。
この神父さまは、私の心ばかりを狩り取って削っていくから、処刑なんて期待できそうもない。
あーあ。異端審問でも何でもいいから、また私が誰かを殺してしまう前に私を裁いて!





毎日この教会に訪れる美しい魔女に、俺は恋をした。

魔女狩りが日夜行われ、次々と邪な者達が消えていく中、彼女はいつでも綺麗だった。
柔らかい笑みで、白い肌で、俺の目を覆いながらも、彼女はつらいと口を零す。
俺はその姿を見ていると、自分が普段祈りを捧げているはずの女神像を粉々にしてしまいたい衝動に駆られる。
こんなに美しく心優しい者が嘆いているというのに、神は一向に彼女を救わない。
そんな神ならいないも同然、むしろ人の心を救い続けている彼女こそ信仰に値すると気が付いたのは、随分前だったように思う。

彼女は命を奪うことは罪と考えているようだが、それは違う。
生きることに疲れ果てた者にとって、死とは最後の逃げ道にして最高の救済である。
生きていく上で経験する一切の苦痛から解放されるのだから、この教会で懺悔を聞き道を示すことよりもよっぽど手っ取り早い救いだ。
彼女はあの細い首を自ら締め続け、それでも疲れ果てた者達を救済へと導き続ける。あぁ、何て神聖で優しい行為。
彼女こそ救いの象徴。彼女こそ光。彼女こそ信仰の対象であり神。

彼女は魔女狩り共なぞには渡さない。邪な者達と違って彼女は光だ。光は全て肯定されるべきであり、光を遮る者は迅速に排除されなければならない。
あやふやで実態のない彫刻とは違って、彼女の救いは万人に届く。
光が光である為に、その身に一心に穢れを背負うのが俺の役目。
魔女狩り共を蹴散らし、光を遮られないよう光の届かない土に埋め、彼女の嘆きを受け止めその存在を肯定するのが俺の使命であり存在意義。美しい神の為、今日も俺は拳を血に濡らす。
あぁ、どうかこの身が朽ちる時は、あの優しい魔法で俺の息の根を止めてはくれないだろうか。

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