いいから黙って箸を差し出せ

「こーら、そろそろ起きないとご飯冷めるよ」
「うぐぐ…日光が私の網膜を焼くんだよ…」
「ハイハイ良いから起きてネー」
「いやーん」

カカシによって布団を剥がされ、カーテンを勢い良く開けられる。
溶けるぅと布団に突っ伏していると、忍らしく逞しい腕で抱き上げられた。

「眠たい…」
「眠たいってもう10時だから。さっさと顔洗って来なさいヨ」
「んー…」

洗面所で優しく降ろされ、タオルを持たされた。全く良く出来たお母さんである。
私がゆっくり頷いたのを確認して、カカシはひらひら手を振って扉の向こうに消えた。

「……はぁ」

顔に刺さるような冷たい水が、寝呆けていた頭を覚醒させてくれる。
壁に掛けてあるカレンダーを確認して、近くにあったペンで今日に丸を付けた。
私がこの世界にトリップしてから、90日目の朝である。



目が醒めたらこの家にいて、目の前にはニコニコのはたけカカシ氏がいた。
彼曰く、私は森の中に倒れていたらしく、そんな私に一目惚れした、らしい。
それから私は、外に一歩も出ることなく実に90日の間、カカシのヒモとして過ごしている。



「…お。早いネ、用意出来てるから座って」
「はーい」

お皿に手際良く盛り付けていく様は正に主夫である。
心底嬉しそうな表情で、ぼんやりとしている私を眺めながらも手は止めない。

「…料理好きなの?」
「いや?ただお前に尽くすのが楽しいだけだよ」
「またそれ…」

どうも、カカシは私をダメ女に改造したいらしい。
ここに来てから一度も外に出してもらえないのが何よりの証拠だし、台所にでも立とうものなら物凄い勢いで怒られる。
実際、先月も掃除をしておこうと思って掃除機を探していたら、帰宅してきたカカシに見つかりそれはもう怒られた。
あくまでも私に部屋を弄られたくない訳ではなく、私が働いていることが耐えられないらしい。

「んー、お主また腕を上げたな?」
「そりゃ良かった。そのまま俺の食べ物以外受け付けない体になればいいのにネー」
「こわい」

曰く、俺無しじゃ生きていけない位俺に依存してくれればいいのにねとのこと。すごくこわい。
ここに来てからの私は、カカシの庇護の元起きて眠ること以外は自主的な行動を許されていない。
最近は家の中の移動も抱きかかえられるようになり、全身の筋肉の衰えを実感している。

「そのうち食べ物も食べさせられるようになりそうだなぁ…」
「…それもいいね」
「いらん入れ知恵しちまった!」

ガッデム!!と頭を抱えていると、カカシはいそいそと私の手から箸を奪い、ご飯を摘むと差し出した。

「はい、あーん」
「自立したい…」
「何言ってんの、そんなことさせなーいよ」
「ですよねー…」



もう何をされても羞恥なんてない。
このままにしていたら、齢20にして要介護になってしまう日も近いかもしれない。
そして何よりカカシが怖い。

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