実はクレイジーな天使君

「あ、佐疫ちゃーん、先行ってるって平腹に言っといてくれるー?」
「え?みょうじちゃん、平腹ならさっきこっち向かってるの見たから、ちょっと待ってればすぐ来ると思うよ?」
「いーのいーの!あの遅刻魔のこと待ってたら地球が終わっちゃうよ!」
「え、でも確か今回の任務の亡者って斬島が偵察に行って危ないって…」
「行ってきまーす!」
「あ、ちょ、みょうじちゃん!!」

佐疫ちゃんの制止を振り切って館から飛び出した。全てはあの遅刻魔、平腹が悪いのだ。
毎度毎度、あいつと組まされる度に最低十分の遅刻に耐え、任務に向かえば女だからと舐めた態度と発言で仕事を奪われた。
もう、あんな奴と組むのは沢山なのだ!

「ふんふんふふーん…」

だから今日は、何としても私が先に任務をこなし、遅れてきた平腹にドヤ顔で任務の終了を告げてやるのだ。
見てろよ平腹め、今日こそお前の口から謝罪の言葉を吐かせてやるからな!




と、思ったのだが。

「がはっ……ぐ…!!」

これがまた思った以上に強かった。
ほぼ無傷の亡者に対し、既に片腕が吹っ飛び、息も絶え絶えな私。
これじゃ獄卒失格だなぁ。帰ったら佐疫ちゃんのこと、もう"ちゃん"なんて付けて呼べないなぁ。
…そもそも、私、帰れるのかなぁ。

「…っいい加減、…っくたばれぇえええええぇええええええええ!!」

私の渾身の一撃も、亡者はまるで羽虫を払うかのように、簡単に弾いてしまう。
完敗だった。けれど、それを認める訳にはいかない。
ここで折れる位なら、奴を道連れに心中だってしてやるつもりだ。

亡者に弾かれた体が、簡単に吹っ飛んでいく。
でも、体を襲っていた浮遊感が、突如止んだ。
ついに死んだか、と固く閉じた瞼を上げると、こちらを見て微笑む佐疫の顔が見えた。

「……さ…えき……?」
「よくここまで頑張ったね。後は俺に任せて、ちょっとここで休んでてね」

佐疫は私の頭を一撫ですると、私を大きな瓦礫に凭れかけさせると、亡者の真正面に立った。
恐らく、今さっき私に向けた微笑みを一切消して。

「…さぁ、お前はみょうじちゃんに一体何回怪我をさせたのかな?」




阿鼻叫喚だ。これが正しく地獄の光景だ。
私の体の傷を見て、「……百は超えるかな」とぼそっと呟いた佐疫は、外套から大きなショットガンを取り出すと躊躇なく亡者に向かって発砲した。
あまりの衝撃に、亡者の体に大きな穴が開いたのも気にせずに、弾が切れるまでひたすらに辺りに薬莢を撒き散らしながら、佐疫は撃ち続けた。

「ねぇ、俺、お前の口から、直接聞きたいんだけど。…みょうじちゃんに何回、何か所怪我させたの?ねぇ、…おい」

既に亡者の体は銃弾の嵐によってただの肉塊となって粉々になり、佐疫は辛うじて原型を残している亡者の頭を踏み潰していた。
亡者の裂けた口に、黒光りするガトリングをめり込ませ、完全に瞳孔が開いた瞳を更に小さくして、亡者を責め立てる。
…まさしく、今の彼は獄卒の鑑だろう。

「…答えてくれないなら、俺の憶測で勝手に決めちゃうけど、いい?」

一瞬返り血に塗れた顔でにこりと笑った佐疫が、一気に亡者に顔を近付けた。


「俺、個人的な恨みとか、色々な感情で妄想しちゃうから、軽く一万は超えちゃうけど、…文句はないよね?」

重たげな鉄の引き金が、引かれ。憎悪の炎が、吹き上がった。





「だから!俺はちゃんと止めたんだよ!?わかってる!?」
「うん…」
「みょうじちゃんは女の子なんだから、治るって言っても、もっと体は大事にしないといけないんだよ!?」
「はい…」
「…空返事だけど、まだどこか痛むの?」
「…ううん…」

見事に肉塊として再就職を果たした平腹を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「なんか……もう佐疫のこと佐疫ちゃんなんて呼べない…」
「そ、そう…」

今頬を掻きながら首を傾げる彼と、戦場でマグナムを乱射していた彼とは、どう考えても別人な気がしてならない。



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